コンコンコンコンコン!

何十回とノックされる自分の部屋のドアを見つめ天喰は恐怖で震えていた。もちろんこんなノック連打をする者の目星はついているのだが、理由がわからず動くことができないでいる。自分にとって何かよからぬことでも伝えられるのではないか。うううと唸ってベッドで縮こまっているといくら待っても出てこない天喰に痺れを切らした人物がドア越しに大声を放った。


「環ー! お前にお客さんだよね!」
「……客?」


案の定ノック連打の犯人はミリオだったようだが、どうやら知らせは悪いことではなかったらしい。







「……なまえ?」
「あっ環先輩!」


まさかなまえがいるとは思わず、天喰は寮の扉の前でぽかんと口を開けて固まった。部屋着でこんばんはと微笑む元気な姿に眩しいと目を細めそうになってしまったが、何とか耐えてどうかしたのかと尋ねようとする。しかしそこで冷たい風が吹きなまえがくしゃみをしたことから、ひとまず天喰はなまえを寮の中へと迎え入れた。


「最近寒くなってきたし、そんな格好で外を歩いちゃだめだ」
「えへ、すみません」


にへっと両手を合わせて謝る様子に天喰は秒で許してしまう。付き合い始めてから甘くなってしまったと天喰は目を逸らした。

そう、なまえとは恋人同士だ。インターンのときは自分たちが恋人になるなんて想像もしていなかった。正直なことを言ってしまえば、付き合い始めた理由はグイグイ来られたからである。なまえに恋愛感情を持つ前に先輩が好きだと言われ、毎日告白され、気づいたら頷いて恋人になっていた。最初こそ好きでもないのにお付き合いだなんてと震えたりもしたが、なまえと関わるうちにドキドキする自分に気づき「あれ、これ俺もなまえを好きなのでは」となり今に至る。今ではもうなまえに骨抜きにされている状態だ。


「それで、何で寮に……?」
「実は、えーっと……先輩に用があって」
「うん。それはミリオに聞いたけど――」
「やばー! 一年じゃんかわいー!」


扉付近で会話をしていれば突然なまえが三年の女子に抱きつかれた。それを皮切りに天喰のクラスメイトの女子たちがわいわい寄ってきてしまい、二人の話は中断される。他の学年とあまり関わる機会も滅多になく何より可愛い一年が来たからであろう、女子のテンションは異様に高い。なまえはそんな三年生についていけてないのか慌てている。


「何しに来たのー? よかったらお菓子食べてく?」
「夕ご飯食べたばっかだし入らないでしょ」
「じゃあお話していこうよ。そこのソファおいでー」
「あっ、いや私は……!」


もちろん天喰も酷く慌てていた。このままではなまえが女子に取られてしまう……! 天喰は咄嗟になまえの腕を両手で掴んだ。腕が引っ張られ目が点になるなまえを横目に天喰は俯きながらごめんと謝った。


「話は、また今度にしてほしい」
「せ、せんぱい?」
「行こう、なまえ」


女子たちがこちらを見つめているのがわかって天喰はなまえを連れて自分の部屋へ逃げる。天喰となまえがいなくなってからクラスメイトたちは親指を立て、その中心にはミリオとねじれがいた。女子たちをなまえの元に向かわせたのがこの二人なのは明白である。ミリオは頑張れとそっと応援した。おそらくクラス全員が同じ想いだろうと考えながら。

天喰が部屋についてからしたことはひたすらなまえに謝ることだった。強く握らなかっただろうか、嫌ではなかっただろうか。グルグル嫌なことばかり考えてしまう天喰の肩になまえの手がポンと乗る。


「謝らないでいいですよ環先輩! 行こうって私を連れていく先輩、かっこよかったです!」
「やめてくれ……過去を消し去りたい……」


大きくため息をついた天喰だったが、落ちついたころ顔を上げてようやくなまえの表情に気づいた。顔を赤らめどこか嬉しそうに頬を緩める彼女が目の前にいる。指摘するべきか迷い凝視していれば察してしまったのかなまえがバッと自分の頬を手で押さえた。


「環先輩、あ、あまり見ないでくださいよー」
「見ちゃダメなのか……」
「違くて! こんなだらしない表情恥ずかしいですし」
「だらしない……? かわいらしいとは思うけど……だらしないとは、別に」


このとき天喰は無意識に思ったことを言ってしまったために、自分が恥ずかしい台詞を口にしたことに全く気がついていなかった。なまえはわーっと目を閉じて顔の熱を冷ますのに尽力する。この間天喰はずっと首を傾げていた。


「もう……ねえ先輩。さっきどうして寮に来たかって聞いたじゃないですか」
「? う、うん」
「顔が見たくなっただけって言ったら、怒ります……?」


実際なまえは本当に天喰の顔を見に来ただけだ。最近はお互い全く会えない日々が続いていたため、あわよくば少しお話ができたらいいなと思っていた。しかしまさか二人きりになれるとは予想していなかったとなまえははにかむ。


「だからいっぱいしゃべりましょ、先輩! あ、床でいいんで座っていいですか?」
「なまえは俺をどうしたいんだ……っ!」
「え?」


なまえの口からぽんぽん出てくる嬉しい言葉たちに天喰のライフはゼロに近かった。自分だってなまえと携帯での連絡ではなく直接会いたかったし話したかった。怒るどころかお礼を伝えたいくらいだ。とりあえず天喰は感謝の気持ちを込めながらなまえを自分の椅子に座らせた。


「うっ、話そうとして話題が出てこないなんて……自分が情けなさすぎて吐きそうだ……」
「いいですよ話題なんて。私、何だかんだ環先輩と一緒にいられるだけで幸せです」
「……今日が命日な気がしてきた」
「先輩!?」


ベッドに座っていた天喰は倒れそうになった体に力を入れる。そして心配そうに見つめるなまえを見て呟いた。


「なまえ……やっぱり、座るところこっちでいい?」


おずおずと指差したのは自分の隣で、それにぱぁと周りに花を咲かせたなまえは何度も頷き体をベッドに沈ませる。自然と絡まる指になまえは笑みを隠すことができない。天喰と話せただけでなくこうして触れられるなんて夢みたいだ。


「また会いに来てもいいですか?」
「……俺もなまえに会いたいから、いいよ」


むしろ今度は自分から会いに行くために連絡をしよう。天喰は心に決めて指の力を少しだけ込めた。穏やかな時間はこうして流れていく。



稚拙な心臓をとめて



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