人はこれを嫉妬と呼ぶのであろう。


「爆豪くんさっきの授業のことで聞きたいことあるんだけど……」
「他当たれ」
「つめたっ!? さっきの授業ペアやったやん! 爆豪くんにしか聞けんよ!」
「俺もいいか爆豪。確認してえことが」
「だから他当たれって言ってんだろっ!」


ああ近いだとか、自分が見えないところでやってくれだとか。そんな嫌なことばかり考えてしまう自分に嫌気が差す。思わずついたため息に反応を示したのは隣にいた緑谷で大丈夫? と顔を覗き込んできてくれた。


「大丈夫……ありがとう緑谷くん」
「ぜ、全然大丈夫じゃなさそう……かっちゃんだよね……?」
「……ええ」


赤らめてしまっているであろう頬を片手で隠しながらこくりと頷く。なまえと爆豪は恋人同士だ。それを知っているのは緑谷のみ。自分が恥ずかしいからと交際を隠してもらっている中で、仲の良い緑谷はなまえのいつもと違う雰囲気に気づいたのだろう。彼にだけはあっさりバレてしまった。


「轟くんは同性だからまだ許せても、麗日くんは異性でしょう」
「そうだね」
「近くにいるだけで嫌だなって思ってしまって……さすがにこんなドロドロした感情爆豪くん本人に言えないし」


緑谷が聞き上手で、うんうんと黙って話を聞いてくれるためになまえはつい全てを話してしまっていた。気にしすぎかな、と呟いたなまえに緑谷がほんの少し考える素振りを見せる。


「僕は正直、なまえさんより悩んでるのはかっちゃんのほうだと思うけどなぁ」
「えっ?」


聞き返した直後に鳴ったのはチャイムで言葉の意味は聞けず仕舞いだ。結局言葉の意味を教えてもらえないまま一日が過ぎていった。







寮の廊下を歩いて自分の部屋の前に誰かが立っていることに気づく。腕を組んだままなまえの部屋のドアに寄りかかっているのは間違いなく爆豪で瞬きが止まらない。え、という困惑の声になまえに視線を寄越した爆豪は開けろとだけ発した。


「開けるけれど……どうして爆豪くんが私の部屋に?」
「テメェに用があるからだよ。早く」
「え、えええ」


戸惑いながらもロックを解除してドアを開ければなまえの手を取り中へと入っていく爆豪。おかしいな、ここはなまえの部屋のはずなのだが。部屋に入って以降しゃべらなくなってしまった爆豪になまえも中々口を開くことができないでいた。沈黙が気まずくとりあえず椅子に腰かける。爆豪は何か言う前にベッドに寄りかかるようにして胡坐をかいていた。もう自分の部屋だと思わないほうがいいのかもしれない。


「……なまえ」
「! どうか、した?」


静かな空間で爆豪の声はよく響き渡った。何を言われるのかドキドキして続きを待っていれば、爆豪と視線が絡みあう。


「こっち来い」


想像していた発言と違いなまえは目を見開きつつも従った。知らぬうちに爆豪の怒りに触れるようなことをしてしまったのではないかと思っていたのだ。隣に座るのを許してくれるということは少なくとも怒ってはいないだろう。ぽすんと隣に腰かけた直後に引き寄せられなまえと爆豪の距離はゼロになった。驚きすぎて緊張するどころではなくなったなまえは「爆豪くん……?」と首を傾げる。


「テメェはもっと距離を取りやがれ」
「引き寄せたのは爆豪くんのほうでしょう」
「違ェ。デクだよ言わせんな」
「緑谷くん……え?」


なんのことだと眉をひそめるなまえに舌打ちをしてくるがわからないのだから仕方がないじゃないか。


「もう少しわかりやすく言ってほしいのだけど」
「デクとの距離が近ぇ。俺が何も思わないと思ってんだろーがさすがにもう放っておけねえぞ」
「……ばく――」
「今日とうとうデクと話しながら顔赤くさせやがって……何話してた、言え」
「………」


じわじわと熱くなる体になまえは頬を押さえた。なまえだってバカではない。ここまで言われたら鈍くない者なら気づいてしまう。


「爆豪くん……私と同じね」
「あ?」
「私も常々麗日くんたちと距離が近いなあって思ってたの」


爆豪は聡い人だからこれだけ言えば伝わるだろう。『嫉妬』していたのは爆豪だけではないということが。

途端に力が抜けたようになまえの肩へ顔を埋めてくる爆豪をぎゅっと抱きしめ返す。


「私だけだと思ってたから、うれしい……」
「嬉しがってんじゃねえよくそ……」
「ふふ」
「……ちゃんと好きなんはなまえだけだ」


彼からこんな言葉を聞くなんて今後数回しかないかもしれない。なんて失礼なことを考えながら抱きしめられた温かさに頬を緩ませた。

しばらく温かさを堪能していれば突然視界がぼやけ爆豪に眼鏡を取られたことに気づいた。「返して」と口にする前に唇に触れたのは柔らかで温かいもので。


「今日何時に寝んだ」
「え、と……今日は、十時くらいを考えていて」
「じゃあ九時半まで一緒にいんぞ」


キスされたと気づかないはずもなく唇を指で触れながら頷きを繰り返す。その日の夜はたっぷりと甘やかされて過ごした。次の日付き合っていると宣言したほうが遠慮して一定の距離を保つのでは、という爆豪の説得により交際がバラされることとなる。



空を抱えて眠っている



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