「緑谷くん、相談したいことがあるのだけど」


麗日と談笑していたときやって来たのは意味もなくメガネをブリッジを上げるなまえだった。緑谷は首を傾げながらなまえに話の続きを促して、私も良ければ相談に乗るよと名乗り出てくれた麗日と共に教室の隅に移動する。どこか恥ずかしそうに頬を掻きながら話を切り出した。


「と、轟くんのことで、少し」
「轟くん」
「ええ」
「轟くんかあ」
「……ええ」


緑谷、麗日の順で名前を繰り返されなまえの顔は全体的にぶわりと赤く染まる。胸の前で拳を握るなまえは酷く緊張していて、緑谷も麗日も相談の内容が何となく伝わった。


「僕が誘おうか?」
「えっ」
「なまえさん、轟くんとお昼食べたいんでしょ?」
「あ、う……」


こくんと頷いたなまえにほっこりした二人は顔を見合わせて微笑んだ。

轟への誘い方がわからない、という相談は前々からされていた。自覚こそしていないようだがなまえは轟が好きである。それでも人を好きになったことがなかったなまえは距離の縮め方がわからなかった。もっと一緒にいたい、だけど何と声をかけたら良いのだろう。一人で悩み続けていたところ声をかけてくれたのが緑谷というわけだ。それからは恋愛相談のようなことを途中から加わってくれた麗日と緑谷にしている。二人はあえてなまえに「轟くんのことが好きなの?」とは聞かなかった。


「轟くん。お昼なんだけど、麗日さんとなまえさんと一緒に食べることになってて」
「一緒にいいか」
「うん、もちろんだよ」


轟がなまえに思いを伝えようと頑張っているからである。なまえより先に彼女への思いを自覚した轟は、緑谷の力を借りながら少しずつ好きになってもらおうと行動していた。緑谷の予想だが、なまえが轟を無自覚にも好きになったのは轟の頑張りからだろう。あとはなまえが轟を好きだと気づきさえすれば両想いでハッピーエンドなのだが、なまえが思いのほか鈍かった。


「姉さんがクッキー焼いたって持たせてくれたんだが食うか」
「いいの? いただきます」


休み時間クッキーを行儀よく食べるなまえの隣で笑みを浮かべながら見つめる轟。あれでよく轟の好意に気づかないなと尊敬するレベルだ。


「さすがは轟くんのお姉さんだね……私もこれくらい料理上手になれればいいんだけど……」
「今のままでも十分嫁に行けるんじゃねえか。なまえの飯は目分量一切なさそうだな」
「もちろんしっかり量るよ。今度私も何か作ってみることにするね」
「楽しみにしてる」
「ええ」


これで無自覚ななまえも恐ろしいが、嫁という発言を天然でしてしまえる轟もさすがである。ふわふわと笑いあう二人はすでにカップルのようで、もどかしさを覚えつつも応援したくなってしまう。なんだかんだ将来はおしどり夫婦なんて呼ばれてそうだな、と緑谷は心の中で苦笑した。


「なまえちゃん、今度私と料理の練習しようね。花嫁修業だっ」
「ありがとう麗日くん。お願いするね」


こそっと耳打ちしてくる麗日に嬉しそうに微笑むなまえ。友達としては早めにくっついてほしいが焦らせるのもよくないだろう。緑谷も麗日も、しばらくはこのもどかしさと付き合っていくことになりそうだ。だけど幸せそうな二人を見ているとそれも悪くないなと思うのだった。



一度も触れずに鍵を手に入れる



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