楽しかったねえ、とハンドルに手を置きながら緑谷は微笑んだ。助手席に乗ったなまえは頷いてガラス越しに景色を眺める。デートが終わったあとのこの車越しの景色は余韻に浸れるから好きだ。

緑谷の運転で遠出した二人はこの日デートを楽しんだ。主にショッピングをしたために後部座席には購入したものが多くある。それでもお金に余裕があることからプロヒーローとして上手くやれているのだろう。今日のデートを思い出しながら緑谷はくすくす声を出して笑った。


「なまえちゃん途中眠くなっちゃってたでしょ」
「え……ばれてたの」
「ご飯食べてるときうとうとしてた」
「……ごめん。昨日寝るの遅かったから。別に楽しくなかったわけじゃなくて」
「ああ僕もごめんねっ、わかってるから大丈夫だよ。かわいいなあって思っただけだから」


だんまりしたなまえに見なくとも照れているなとわかった緑谷は片手を口元に当てかわいいともう一度呟いた。どんなに声が小さくてもこの車という狭い空間の中では丸聞こえである。ちょっぴり怒りを含んだ「やめて」という言葉に冗談だと思われていることを察した緑谷は左手をなまえの右手に重ねた。


「手も、やめて」
「あ。今のやめてはやめてほしくないときの声色だ」
「……緑谷」
「ごめんごめん」


睨まれているのがわかりつつも左手はなまえの右手から離さない。むくれているであろうかわいらしい恋人に笑みを浮かべながらも謝罪しなんとか許してもらった。


「私もごめん。緑谷に運転させて」
「僕が誘ったんだからいいんだよ。気にしないで」
「でも、荷物持ちまでさせちゃった」
「あれはどちらかと言うと僕が喜んで持ってた気がする」
「喜んでたの?」


肩が上下に動きなまえの笑い声が聞こえる。やっと笑ってくれた。緑谷はほっと息を吐くとねえとなまえを呼ぶ。


「? どうかしたの」
「次のデートの予約もしておきたいな。お互い相談する時間なかなか取れないし」


そこでなまえの言葉が途切れ緑谷は再度彼女の名前を呼んだ。すると突然なまえの手に重ねていた緑谷の手の上にもう片方の手が重なり、思わずびくりと体を震わせた。


「えっ、な、なに?」
「緑谷。そろそろ気づいて」
「う、ん……?」
「私、今日お揃いのものばかり買ったよ」


なまえの言ったことを処理するのに時間がかかってしまう。確かに今日なまえはやけにお揃いにこだわっていた。さらにマグカップや茶碗、タオルなど生活用品ばかりを買っていた気がする。


「別に家にあるコップとかが壊れたわけじゃ、ないんだけど……」
「あの、なまえちゃん……それ」
「買うときもお揃いがいいって言ったときも、緑谷……何も聞いて来なかった」


だって、てっきり特に理由はないと思ったのだ。家にあるものが足りなくなって、ついでに緑谷とお揃いがいいなと考えてくれただけだと。選ぶときも買うときもなまえは自然で、気づかなかったのだ。赤信号となり停止した車に緑谷はそろりと顔を横に向ける。女の子にここまで言わせたのだ。これはここで腹を括るべきだろう。大きく息を吸い込んだ緑谷は重ねた手に力を込めてほぼ叫ぶように思いを伝えた。


「一緒に、住みたいなって――」
「結婚しよう!」
「え」
「え?」


緑谷の叫びと同時に放たれたなまえの言葉にぴしりと固まる。ぽかんと口を開けて見つめてくるなまえの視線が痛い。もしかしてとんだ勘違いをしたのではないだろうか。


「……お揃いのものを買って、そろそろ同棲を始めませんかって……言おうとしてたんだけど」
「あ……あー……」


緑谷は脱力して顔を覆う。指の隙間から見えるなまえの顔が少しずつ赤く染まっていくのに反して自分は青ざめていることだろう。勘違いでなければ良い思い出として残っただろうが、勘違いしてプロポーズだなんてかっこわるすぎる。信号が自分と同じ顔色に変わったことに気づいた緑谷はアクセルを踏みながらため息をついた。


「さっきの、やり直ししたいです……」
「……どうして?」
「かっこわるすぎたし、突然すぎたし」


ううと唸る今の緑谷には後悔しかない。謝る緑谷になまえはしばらく沈黙していたが、隣でさらりと髪の毛が揺れた。


「いいよ。結婚しよう」
「え!?」
「やり直しするときまで返事がわからないのは不安かなって思って」
「っ、ええ……待って……が、がんばります」


運転中でなかったらなまえを抱きしめていた。デートのプラン計画より優先すべきことができてしまった緑谷はさっそく頭の中でプロポーズのやり直しを考える。場所は、時間は、ええっと。百面相する様子にふふっと声を出して笑ったなまえはガラス越しの景色ではなく緑谷の横顔を見ながら言う。


「私、緑谷になるんだね」


ぼそりと呟かれたことにより緑谷は盛大にむせてしまった。信号により再度停止したときに盗み見たなまえの表情がすごく幸せそうで、緑谷もやっと顔に赤みが戻っていく。すでに結婚生活のことを考えてしまうのはいけないことだろうか。なまえと微笑みあいながら緑谷も同じく幸せを噛みしめた。



ほどけない火のかたわら



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