爆豪と同棲を始めて早数年が経った。プロヒーローとしてお互い忙しいものの特に喧嘩もなく平和に暮らしていると思う。一緒にいれる時間は大切にしているし、言いたいこともきちんと言いあっている。爆豪と過ごす一日一日をなまえは大切に思っているし、今後もこの関係のまま変わらず穏やかな時間が過ぎていくのだと思っていた。

なまえはその日、戸惑いで動けなくなる経験をはじめてした。


「これは、いる……これはいらない……? 一応聞いたほうがいいよね……保留」


一人で掃除をしているとどうしてもひとり言が多くなっていけない。リビングや自分の部屋の掃除のついでと爆豪の部屋を片づけていたなまえは乱暴に積まれた雑誌を分けていた。雑誌に限らず私物はきちんと整理整頓をかかさない爆豪がこのように散らかしているのは珍しい。ぶつぶつと呟きながら雑誌を分け、一つの本を見つけた瞬間なまえの手はぴたりと止まった。


「え」


なまえは爆豪と同棲しているが、それだけである。確かに交際はしているけれど『そういった』話が出てきたこともそんな雰囲気になることも一度だってなかった。だからこその戸惑いだ。


「結婚雑誌……だよね」


高鳴る胸を服を握ることで抑えながらなまえは雑誌を手に取った。結婚の話題すら出てきたことがなかったためになまえは顔が赤くなるのを感じる。このような雑誌を持っているということは、爆豪は自分と結婚がしたいと思ってもいいのではないかと。なまえはそこで雑誌の一か所にだけ付箋が貼ってあることに気づいた。おそるおそる付箋のページを開いて思わず口元を押さえる。誰も見ていないというのに今のだらしないであろう顔を誰も見ないでくれと願う。

付箋のあったページは、プロポーズ特集だった。







しばらく熱い頬を冷ましていたなまえだったが、結局見なかったことにすることにした。ずっと引きずっていては仕事にも支障をきたすし、もし爆豪に雑誌を見つけたことがばれたらプロポーズの話はなかったことになるかもしれない。なまえだって女で、大好きな人と添い遂げたいという思いはあるのだ。自分が雑誌を見つけたせいで結婚の話が破棄だなんてされたくなかった。


「爆豪、今日は飲まないの」
「いらねえ。明日飲む」


冷蔵庫を開けたなまえが缶ビールを片手に首を傾げたが、どうやら禁酒するらしい。週に何度か飲まない日があるのですんなり納得したなまえは冷えたペットボトルのお茶を取り出して爆豪の座るソファへと戻った。いつもより静かだなと思いつつも隣へ腰かけお茶で喉を潤す。温かいお茶のほうが好きだが冷たいお茶が嫌いなわけではない。美味しい、と息を吐きながら飲み干した直後爆豪にじっと見つめられていることに気づいたなまえは見つめ返した。


「なに、爆豪」
「……いい加減その爆豪ってのやめろ」
「……?」


名前を呼ぶのをやめろとは。なまえがきょとんとしているのを見た爆豪は大きなため息をついて顔を覆う。


「どっちの苗字にするかにもよるが、苗字変わるなら名前で呼び合わなきゃだろ……なまえ」


おい、とか、お前、とか。爆豪に名を呼ばれるのは多くないからこそ貴重な名前呼びだったが、そこじゃない。爆豪は遠回しな表現が多くてなまえはよく聞き返したり意味を求めたりと忙しないが、今日はきちんと理解することができた。


「……それって」
「今後も休みが合う日なんてほぼほぼねえし、今言う」
「っ」
「結婚しろ」


偉そう。その感想が照れ隠しだと気づくのに時間は必要なかった。無意識に縦に首を振っていたなまえを爆豪が指の隙間から確認している。顔は隠せていても髪から覗く耳は真っ赤で彼も緊張していたのは丸分かりだ。


「うれしい……ありがとう」


きっと前もって雑誌を発見していなければ驚きと喜びで涙を流していただろう。うっすらと溜まった涙に知らないふりをしたなまえが爆豪に微笑みかけた。今までも、これからだって二人はきっと幸せだ。

後日爆豪から結婚雑誌を部屋に紛れさせたのはわざとだと聞き、なまえは大変驚いた。なまえに結婚する気がなければプロポーズをしないつもりでいたが、雑誌をわざと置いたあとそわそわとする日が続いたことから決心に至ったらしい。そわそわしているつもりなどなかったのだが、彼の自信に繋がったのなら構わなかった。



名前ひとつで誑かしてみて



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