「カモンなまえー!」
「あ?」


さあ部屋に戻ろうとエレベーターへ向かおうとすると、突然ガッと誰かに腕を引かれ気づけばソファへ腰を下ろしていた。眠ろうとしていたのを邪魔されギロリと睨みを利かせるが腕を引っ張った人物に悪びれる様子は一切ない。ため息をついて「なに」と声をかければテンションの高いまま彼女、芦戸は口を開いた。


「恋バナしよーぜ!」
「寝る」
「えーしようよなまえちゃん! 私楽しみにしてたのにー」


間髪入れずに答えれば不満そうな葉隠が不満げにぼやいた。おそらく唇を尖らせていることだろう。それに続くように麗日や蛙吹たちがうんうんと頷く。ソファにはA組の女子全員が集まっていた。正直恋バナなんてしたくもないし聞きたくもない。恋愛事は面倒だ。そんなことで時間を割かれるくらいならヒーローになるための勉強をしていたほうが何倍もいい。顔に出ていたのかくすくす笑う八百万に舌打ちが漏れそうになる。


「でも私よく考えたら、好きな男の子とかいないしなあ……」
「ケロッ……私もお茶子ちゃんと同じね」
「私男子限定なんて言ったかなあー?」


もういっそのことソファで寝てしまうかと考えていたところで女子たちの視線が一気にこちらへ集まり、思わず肩を震わせた。芦戸が最後に何かしゃべったのは聞いていたが何を言っていたかはわからない。自分に関することでも言っていたのかと怪訝な顔で「なんだよ」と尋ねる。


「いや。そういえばそうだなと思って。たしかに男子とウチらの恋バナする必要ないよね」
「なまえさんがここにいますものね」
「ねーねー! なまえちゃん、私のこと好き?」


わいわい好き勝手話す彼女らの言葉をいくら頑張ったところで理解などできるわけがなかった。服が近距離まで来たことから察するに今眼前には葉隠がいるのだろう。肩を押しながら適当に「はいはい好き好き」と返せばやったー! と喜ぶ声が広い共同エリアに響いた。


「なまえちゃんに好きって言ってもらっちゃった!」
「えええずるいっなまえちゃん私は?」
「私は言わなくて大丈夫! なまえが私を好きなことくらい知ってるから!」


麗日がやけに慌てた様子で蛙吹を揺さぶりながら声をかけてくる。サムズアップしてくる芦戸はとりあえず無視するにしても、なぜ恋バナから自分に好きと言ってもらうことに変わったのかがわからなかった。期待の眼差しを向けられてこのまま帰ってしまおうかとも思ったが、八百万や耳郎までそわそわと鬱陶しい。


「あのさ」
「? 何かしら、なまえちゃん」
「好きじゃなかったら今こうして話してないから」


言ってすぐに後悔した。とてつもなく気恥ずかしい。満足すれば解放してくれると思って遠回しに好きだということを伝えたが、周りがやけに静かだ。何か言えと思いを込めていつの間にか俯いていた目線を向ければりんごも驚くくらいの色に頬を染めたA組女子がいた。


「てっ、照れるな! もっと恥ずかしくなるっ!」
「だだだって……なまえさんが悪いですわ……!」
「うわ。やば。好きって言われるより破壊力あった……」
「わかる」


耳郎の呟きに芦戸が大きく頷く。しばらくの沈黙のあと、はじめに口を開いたのは蛙吹だった。


「なまえちゃんありがとう。私も好きよ」
「!? 私は好きじゃない!」
「えへへなまえちゃん私も好き」
「だから、私は別にっ!」


続いてはにかんでくる麗日に言葉が詰まる。早く寝ろっ! と捨て台詞を吐きながら立ち上がり、部屋に戻るべく足を進めた。耳が熱い……おそらく赤くなっているであろうことに舌打ちをして意味もなく髪を払う。またやろーねと誘ってくる言葉なんてスルーだ。次回も参加してしまうのだろうと思ったが、気づかないふりをして自分の部屋の戸を閉める。


「……好きとか、バカじゃないの」


ああもう、どうしてくれるのだ。今日は眠れそうにない。



スピカが流れた日



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