「なまえー! 放課後俺とお茶しに行かね?」
「……放課後ね、わかった」
「知ってる知ってる、俺となんて嫌だよ……なぁ!?」


断られる前提の、軽いノリでのお誘いだった。上鳴はオッケーの返事とも言える言葉をかけてきたなまえを凝視する。しかしなまえは上鳴などいなかったかのように背を向けると切島や瀬呂たちの元へ行ってしまった。上鳴は峰田の席へ足を運ぶと自分の頬を勢いよく叩く。腫れるほど痛かったことからようやくこれは現実だと認めることができた。そう、現実だ。


「行ってくる、峰田」
「羨ましすぎるぜ上鳴ィ……!」


ギリリと歯をくいしばる峰田に反し上鳴は菩薩のような笑みを浮かべる。今の今まで断られ続けていた上鳴の努力がようやく報われた。上鳴はなまえに恋心を抱いているのだ、喜ぶななんて無理な話である。授業開始前ということで席へ戻ってきたなまえが上鳴の腫れた額を見て引いた声を出した。


「そういう趣味なの? 無理だわ」
「あらぬ誤解がっ! 別に俺Mじゃねえよ!?」
「へえ」
「どうでもいいみたいな返事っ!」


涙目で弁解する姿になまえは呆れた目を寄越してくる。上鳴が違うんだよーと手を上下に動かしているとなまえが近づいてきた。そしてきょとんとする上鳴の腫れた頬にそっと手を置き呟く。


「え」
「どうせ夢じゃないかって思ったんでしょ。何やってんの」
「え……えっ、え」
「これならすぐ腫れも引くけど。本当にアホ」
「……あ、アホです」


頬に添えられた手のおかげでまた涙が出てきた。むしろ今の状況のほうが夢だと思ってしまう。お茶の許可に加えてなまえから触れてもらえただなんて。上鳴が感涙していればニヤニヤとしながら瀬呂が声を上げた。


「おーいイチャイチャすんなよー」
「してない!!」


ああ、離れてしまった。なまえの温度がなくなった頬を指で触れる。柔らかかったなあなんて思いながら全く、と睨んでいるなまえになあと尋ねることにした。


「ホントに放課後出かけてくれんのか? 言っとくけど二人だかんな!?」
「嫌ならやめるけど」
「めっちゃ行きたい! けど! ほら、いつもは断ってっから……」


なぜいきなりオッケーを出したのか。気になっていたため教えてくんね? と上鳴は手を合わせてなまえを見つめる。首を傾げたなまえがだってと口を開いた。


「上鳴が私以外誘わなくなったから」
「……ん?」
「なに」
「……え。俺なまえしか誘わなくなってた?」


近くにいた峰田や耳郎、最後にクラス全体を見回して全員が頷いたのを確認すると頭を抱えて崩れ落ちた。

――露骨すぎじゃんやべえ俺!!

思い出してみるとなまえへの恋心を自覚し始めてからなまえ以外の女子を誘うなんてことをしなくなった。うわあと上鳴は小さくなるしかない。しかし幸いなまえへの思いはバレていないようだ。


「上鳴、上鳴」


安堵していると峰田に突然つむじ辺りを押された。押すなよと突っ込みを忘れずに顔を上げると峰田に手招きされる。顔を近づけるとコソリと耳打ちされた。


「なまえ以外誘わなくなったからって上鳴の誘い受けるの、絶対気ィあるだろ……! 自分以外誘うなってことだもんなぁ」
「……ま……じか」


峰田にサムズアップをされなまえを盗み見れば、会話は聞こえていなかったようで訳がわからないという表情を向けていた。起き上がり制服についてしまった埃を払う。


「さっきから何がしたいの上鳴」
「なまえ……放課後めっちゃ楽しみにしてるかんな……」
「? 勝手にすれば」


なまえが上鳴にどんな思いを抱いているかは不明だ。しかし少なからず放課後二人きりで出かけるのを良しとし、自分から触れてくれる辺り嫌いではないのだろう。というか、お察しである。


「つっても喫茶店じゃなくてファミレスになっちまうけど」
「期待してないし」
「酷い言われよう! でも嫌いじゃない!」


むしろ好きだ。これからはもう少し積極的になったほうがいいのかもしれない。上鳴はチャイムと同時に教室に入ってきた教師に反応し慌てて席に座る。授業で当てられようが難しい問題が来ようが今ならなんでもできる気がした。上鳴の一日はまだ始まったばかりのようである。



願わくばを願わねば



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