イライラしたときは甘いものが一番だ。正直何にイライラしているのかはわからないが、たまに意味もなく腹が立つなと思うときがある。チョコレートでコーティングされたプレッツェルのお菓子はなまえの大好物だ。しかし黙々と口に運んでいるのを通りすがった緑谷に見られなまえのテンションは降下する。案の定心配そうに眉を八の字にした緑谷がこちらに近づき口を開いた。


「なまえちゃんこんな時間にお菓子食べて大丈夫?」
「は? うっざ。ばばあみたいなこと言わないでよ」


完全に思考が母親のそれでなまえは軽く引く。ぽきんと折れたお菓子をそのままにじとりと睨みあげた。


「いやだってこの間最近太ったかもとか呟いてたから」
「きもすぎ。普通にセクハラだわ」
「セッ!? そ、そんなつもりないよ!」
「あったら殺してるっての」


せっかく甘いものでイライラをなくしていたのに最悪だ。もぐもぐと咀嚼しながら顔を背ければ呆れた表情を向けてくるのが嫌でも伝わってくる。デクのくせに、と文句を垂れてなまえは自分の部屋に戻ろうと腰を上げようとした。


「なまえ」


なまえの動きを止めたたった一言、自分の名前だ。先ほどまで胸の内で暴れていた怒りがすぅと消えていくのを感じてお菓子の袋を膝に置いた。顔を上げて見えたのは陽だまりのような温かい笑顔を向けてくる切島で無意識に目を細める。


「美味そうなの食ってんな!」
「もう必要なくなったけど」
「え。食わねえのか?」
「ほしいならやる」
「まじか! 一本ほしいなって思ってたんだよ」


サンキューと朗らかに笑う切島に毒気を抜かれる気分だ。緑谷はほっとした様子で切島に手を振ると去って行った。おそらくなまえの機嫌が悪かったことに気づき気にしていたのだろう。気にしているならそっとしておいてほしかったのだが、今さら言いに行くのも面倒だ。


「俺もめちゃくちゃ美味いお菓子部屋にあるぜ。なんつったか……」
「部屋行くから教えろ」
「あー助かる! ここまでは出てんだけどよ」


こめかみ辺りを指差しながら難しい顔で唸る切島は立ち上がったなまえを後ろをちょこちょこついてくる。なまえが顎で隣へ来いと伝えれば嬉しそうに並んでくるところは大型犬のようだった。


「これから腹立ったら切島のとこ行くわ」
「? 腹立たなくても来ていいけど……」
「ん」


お菓子よりも甘い雰囲気になまえは唇を舐める。どうして切島の顔を見たら怒りが消えていったのだろう、と。なまえが切島への気持ちに気づくのはもう少し先になりそうだった。



シュガーポットは密室



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