*モブ♂視点



俺の恋は始まったときから負けが確定していた。

素敵な人だな、と目で追い始めたのが始まりだ。普段むっとしている中に時折見せる優しい表情。髪を耳にかける仕草。きれいで耳に響く澄んだ声。この思いが恋と気づくのに時間はそうかからなかったし、不毛な恋をしたと泣きたくなるのも早かった。彼女、爆豪なまえさんの隣にはいつだってあの男がいる。


「いって……クソ」


何もない廊下で自分の足に引っかかり転んだ俺はその場に筆箱の中身をぶちまけてしまった。何やってんだ、とため息が出る。転んだときに周りに人がいなかったのは幸いだった。転がったシャーペンやボールペンを拾っていると目の前に差し出されたのは普段自分が使っている消しゴムだ。この手は女子だろうか。恥ずかしすぎる……きっと俺が拾っている間に廊下を通った誰かだ。まあ拾ってくれたのだ、素直に感謝しよう。


「ありがとうございま――」


お礼を伝えようと見上げた俺は時間が止まったかのようにぴくりとも動かなくなる。消しゴムを拾ってくれた相手はまさかのなまえさんだった。いやこの状況少女漫画かっての……しかも女役が俺って……!


「……おい、これ違う奴のなんか」
「えっいや、俺のっす」
「ほら」


おそるおそるなまえさんの手から自分の消しゴムを受け取り思わず両手で握りしめる。これ絶対めちゃくちゃ小さくなるまで使い続ける……。たまたま通りかかったのだろうなまえさんは落ちたものを全て拾って俺に渡してくれた。しつこいくらいに頭を下げる俺を邪険にせず何度も大丈夫だと声を返す。ドキドキと鳴る心臓を押さえて最後のお礼にしようと再度口を開きかけたとき、俺はまるで金縛りになったかのように体が硬直した。


「何してんだなまえ」


なまえさんの隣にはいつだってこの男がいる。轟焦凍。俺が彼女を諦める理由。


「……轟」


近くで見なければわからないがたしかになまえさんの瞳が輝いて轟を見つめた。他の奴には絶対に見せないような顔をするなまえさんにやっぱり俺の恋は実らないのだと拳を握る。ただ食い入るように視線をこちらに向ける轟に睨まれているわけでもないのに緊張してしまった。


「行くぞ」
「指図すんな。……気をつけろよ」
「あっ、りがとう」


別れ際俺を見上げるなまえさんの細められた目に、諦めたはずの気持ちがこみあげてしまい出ないよう口を結んだ。俺では、なまえさんの隣にいれない。


「何勝手に探しに来てんの。うざい」
「わりぃ。時間あればなまえといてぇんだ」
「っ……ばかじゃないの。ちょ、腰触んな」
「触れてないとまたどこか行っちまうだろ」
「行かねえよ……ったく」


轟からふいっと逸らされた視線にようやく上手く呼吸ができた気がした。俺の手にはなまえさんが拾ってくれた消しゴムがまだ握られている。前を見据えれば轟に幸せそうに笑いかけるなまえさんの姿。最初から叶わないと諦めた恋だ。別に傷ついてなんかいない。だけど。


「好きでいるくらい、許してくれ」


ちゃんと次の恋を探すから、せめてそれまでの間だけ。俺は二人の幸せを願うしがないモブ生徒。なまえさんを好きだったということはきっと生涯忘れないと思う。



捻り潰すたび彩度を増して軋む



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