ハイツアライアンス一階の共同エリアで緑谷は大きく伸びをする。先ほどまで飯田と共にソファに座りながら授業で行った訓練中の反省をしていたのだが、座りっぱなしは高校生でもきつい。息を吐き部屋に戻ろうとエレベーターに足を進めていると、部屋着の裾が引っ張られるのを感じた。誰だろうと振り返った緑谷は目を見開いて固まった。


「うわっなまえちゃんっ!?」
「………」


まさか裾を指で掴んでいるのがなまえだと思わずうわっなんて声を上げてしまったが、彼女が怒り出す様子はない。俯いていることで表情を窺うことはできず緑谷は小さく首を傾げた。


「どうしたの……? 具合でも悪い?」


体調の心配をするが反応一つ見せないなまえにどうするべきか思案しようとする。すると突然パッと指は離れていき、顔を上げたなまえはどこか不満そうな表情で目を逸らしながら呟いた。


「なんでもない」


緑谷の横を通り過ぎたなまえがエレベーターに吸い込まれていく。瞬きを繰り返しているとコホンとわざとらしい咳払いが聞こえ緑谷は顔だけを向けた。そこにはにこにこと満面の笑みを浮かべた麗日が佇んでいる。


「なんのことだかわかってないデクくんに、ヒントあげる」
「え?」
「なまえちゃん、飯田くんと話してる間じーっと見てたよ。デクくんのこと」
「……僕を?」
「うん。じゃあデクくん、足止めは任せて!」


駆けていく麗日を見送り、緑谷はあーと意味もない声を上げる。麗日の言葉によりなまえの思いに気づいてしまい熱っぽい感覚に襲われた。頬を軽く叩いて意識を現実に引き戻し緑谷も慌ててエレベーターへ乗る。なまえの部屋の階にはすぐにつくことができてそこにはしっかりと足止めをしてくれている麗日となまえの姿があった。


「なまえちゃん、麗日さん!」
「っ!?」
「あ。じゃあ二人とも、おやすみ」
「ごめんね麗日さん……おやすみなさい」
「いいんよー」


緑谷の声に大袈裟なくらい肩を跳ねさせたなまえが逃げようとしたため腕を掴んで阻止する。手を振る麗日におやすみと挨拶をしてなまえを見ればきっとこちらを睨んでいた。いつもなら怯むところではあるが今は愛しさが勝っていて気にならない。


「なまえちゃんも、ごめんね」
「なにが! てか、離して!」
「……なまえちゃんの部屋入るね」


廊下で大声を出すなまえを連れて彼女の部屋へと足を踏み入れる。既に寝ている者がいたら声が響いて起こしてしまうだろうと考えたからだ。今にも噛みつきそうななまえの腕を離して頬をするりと撫でると、途端に大人しくなり声を詰まらせた彼女が好きで好きで仕方がない。頬を撫でた後にキスをすることを続けていたら撫でる度に期待するような目線を無意識に向けてくるのだからたまらないのだ。ほんの少し触れるだけのキスをしただけで強気な彼女が泣きそうになる顔を見ると高揚すると言ったら、しばらく口を聞いてもらえなくなるだろう。だから口には出さないけれど緑谷はなまえとキスをするのが好きだ。自分の愛を受け入れてもらえた事実を感じられて嬉しくなる。


「一人にさせちゃったね。ごめん」
「……別に。一人じゃ、なかったから」
「あ、そっか。麗日さんと?」
「……まあ」
「話しかけにいけばよかったね。せっかくお互い時間があったのに」
「もういい……今、話せてるから」
「! うん」


直接尋ねることなどできそうにないが、おそらく飯田と話している間なまえがこちらをじっと見つめていたのは寂しかったからだ。なまえの性格上こうして二人きりにならないと甘えられない。最近はお互い何かしら用事があって二人きりになれるときなんてなかったから、期待してくれていたのだろう。だけど飯田と話し終えたあとの緑谷になまえから二人きりになりたいなんて言えるはずもなく。予想でしかないがきっと当たっているはずだ。いつも以上にべったりと緑谷から離れないのが真実を物語っている。


「もう寝るの」
「ううん。もう少し起きてるよ。なまえちゃんは? 眠い?」
「……眠くない」
「じゃあ一緒に眠くなるまで起きてようか」


夜遅くまで女子の部屋にいたなんて峰田や上鳴辺りに知られたら最後質問攻めにあいそうだ。バレるんだろうなと心のどこかでそんなことを思いながら緑谷はなまえの温もりを確かめるように抱きしめる。さて、どんな話をしようか。話題をいくつも思い浮かべつつ緑谷はなまえの頬を撫でた。



滲みきったら物語



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