「なまえちゃんは天才ですごいね!」


ずしりと重りとなってのしかかるのは、期待と尊敬に満ちた眼差しで言われるこの言葉だった。なまえは天才などではない。人の何倍も努力しなければ結果に結びつかないし、長い時間をかけなければできないことのほうが多かった。それでもできるまで頑張ってしまう性格から周りはなまえを天才だとはやし立てる。なまえが努力を誰にも見せようとしないことも理由として挙げられた。

天才という言葉は嫌いだ。自分を認めてくれない言葉だから。


「先生が板書してないことも上手くまとめてあんのな! マーカーの数も俺らと数が違うし、やっぱなまえはすげー努力家だよ!」


世界が色づいて見えたのは小さいころオールマイトの活躍をテレビで見たとき以来かもしれない。勉強会をするために切島、瀬呂、上鳴はなまえの家に集まっていた。そんな中でなまえのノートを見つめていた切島が何気なく言った一言になまえは固まってしまう。切島も自分の発言でなまえの様子がおかしくなったことに気づいたらしく慌てて謝罪した。


「わ、悪い! 俺なんか言っちまったか!」
「機嫌悪くなった、って感じじゃねえけど」
「おいどーしたーなまえ?」


瀬呂に目の前で手を振られて我に返ったなまえはペンを握っていた力を弱める。ペンを置いた片手で顔を覆ったなまえは大きくはーっとため息をついた。明らかにいつものなまえではなくて切島たちは首を傾げるしかない。


「おい上鳴アホになっていつものなまえになるようにしろって」
「アホになれってどういうことだよ!? やだよそう言う瀬呂が何とかしてくれ頼むから」
「いやここはこうなった原因の切島がやるべきじゃねえの?」
「俺!?」


こそこそ話しているようで丸聞こえである。ぎろりと睨んだなまえに三人は肩を跳ねさせたがいつものなまえだとほっとした表情を見せた。


「私って、努力家に見える?」


突如ぽつりと呟かれたそれに一番に反応したのは切島だ。頷く切島に続くように瀬呂も「まぁ確かになまえは意外に努力家なとこあるよな」と笑う。上鳴は「わかる。でもごめん、俺最初は普通になまえのことただの天才だと思ってたわ」と通常運転で何よりだ。全員が勉強していた手を止めてなまえに話の続きを促した。ためらう素振りを見せたなまえだったがくしゃりと髪を崩して口を開く。


「……初めて言われた。努力家だなんて」
「え? 嘘だろ。緑谷にも言われたことないのか?」
「……ん」
「おお……」


かなり驚いた瀬呂は近すぎて逆に気がつかなかったのかと予想する。切島に努力家と言われて嬉しかったのか、と三人は察した。


「別に私天才じゃないんだよ」
「なまえ?」
「努力は見せるものじゃないって意地張ってる自分のせいだってのもわかってるけど、やっぱり今までの頑張りを全部天才の一言で片づけられるのは嫌だったから」


それ以降口を閉ざしてしまったなまえだが「ありがとう」と伝えようとしたのは表情でわかった。じっと見つめてくる視線に耐えきれなくなったなまえが立ち上がり飲み物持ってくると部屋を出て行ってしまう。まだコップになみなみと注がれたままの麦茶が波紋を描いた。

少なくとも今はこんな身近に自分を認めてくれる人がいる。緩む口元を抑え切れずなまえは熱い息を吐き出したのだった。







「あそこで抱きつけよな切島」
「は!?」


なまえがいなくなって数分後、上鳴に呆れた目を向けられた切島は大きな声と共に顔を上げた。


「なまえがおそらくありがとうって言いたかったあのあとだよ。これからは俺がお前の心の拠り所になってやるからなくらい言えねえの?」
「言えねえよなんだそりゃ!」
「要するに、好きなら告れ。漢を見せろよ切島」
「うっ……」


上鳴と瀬呂の口撃は切島の頬を赤く染めると同時に胸に深く突き刺さった。好きなら告白すればいい。二人の言う通り行動を起こさなければなまえとの関係は今のままだろう。どうしてもあと一歩が踏み出せず迷っていた切島の背中を押したのは二人だった。


「てかいつから気づいてたんだよお前ら……」
「最初から」
「まさか切島隠してたつもりだったの?」


引くわ、と眉をひそめた上鳴の失礼な発言はチョップでなかったことにしておく。拳を握りしめた切島は俺行くぜ! と宣言する。


「なまえが戻ってきたら告白する」
「ここでか……それは予想外だったわ」
「告白するなら俺たちいないほうがよくね?」


苦笑する瀬呂に、なまえの性格上周りに他の者がいたら返事をしてくれないだろうと考えた。なまえが戻ってくるまでの間、最高の告白について談議しあったという。すでに勉強のことなど頭になかった。



夜空に星は輝かないけど



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