口の利き方のなっていないクソガキというのが第一印象だった。警戒心の欠片もないまま体を丸めてすやすやと眠るのはなまえである。何の因果か恋人関係となった自分たちはそれなりに上手くやっているとは思う。相変わらず口が減らない奴だがそもそも好きでなければ恋人になどなっていない。しばらく寝顔をじっと見つめていれば、突然すっと開いた瞳と視線が絡み合う。
「……金取るぞ」
「見物料払うのかよ。めんどくせぇな」
人の気配に気づいたらしいなまえが目を覚まし小さくあくびを漏らす。それでも起き上がるつもりはないようで丸くなったままため息をついていた。
「詳しくは覚えてないけどめちゃくちゃ変な夢見た気がする」
「太る夢でも見たんだろ」
「こいつ爆破させてやろうかな……」
やれるものならやってみろ、と煽ったらベッドが燃えそうなので大人になることにした。言いたいことを我慢して荼毘はなまえの髪を撫でる。細くてまとまりの良い髪からはいい匂いがするが、これを直接本人に言ったら「きめえ」と返事が来るのだろう。想像できてしまってふっと笑ってしまった。
「何笑ってんの……」
「いや。お前の言動予想できるくらいには一緒にいるなって思って。どうせこのあと思い上がんなって言うだろ」
「思い上がんなよ」
「俺すげえな」
丸めていた体を伸ばしたなまえは、近くにあったクッションを胸に抱いた。なまえも荼毘もどうでもいい話をするこの時間がずっと続けばいいと思っている。お互いにそんな思いを口にしたことはないが、気持ちを理解しているからこそなんでもない時間を大切にしていた。
いつ離れ離れになるかわからないから。
「ねえ、荼毘」
「………」
「私のことどう思ってる」
ふと尋ねられた言葉が頭の中をぐるぐると駆けまわる。はじめこそ口の悪いクソガキだとしか思っていなかった。これがふざけている口調だったなら「逆になまえはどう思ってる?」と返せていたのに。きっとなまえは不安なのだ。
「もしものことを考えるのはやめとけ」
「……さいあく。夢の内容思い出した」
話の流れからするに荼毘が捕まる夢でも見たのだろうか。捕まる気が一切ない荼毘はなまえの夢の中の自分にもう少し頑張れよと愚痴をこぼす。
「それに、なまえはどうせここで俺が愛してるとかのたまっても、またすぐに不安になるだろうし」
「あ、あい……っ」
言葉を詰まらせたなまえは恥ずかしさを紛らわせるかのようにクッションに顔を埋めた。
「……きめえ」
「このタイミングでそれを言うか普通」
荼毘は離れ離れになってしまう可能性があることにあまり心配はしていなかった。なまえと一緒にいられなくなる未来など考えたくもない。だが、もしそんな末来が来たとしたら……そうだな。
「なまえは俺と一緒に死んでくれるか?」
「ええ……やだわ」
心中は冗談としても、どこまでだって逃げ切ってやる。好きだと言ったのだ。それくらいの覚悟はある。不安の色がなくなったなまえの耳元で愛していると囁いてやれば面白いくらいに耳が真っ赤に染まった。
空気より透明な鎖
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