*短編「言の葉の色彩学」→これ



最近はめっきり寒くなったように思う。なまえはマフラーしか巻いてこなかった自分に内心ため息をつきながら手に息を吐きかけた。わざわざ寮に戻るのも面倒なため我慢するしかないかと思っていると突然ふわりと体が何かを包んだ。包んだというか、何かをかけられた気がする。振り向けばそこにいたのは朝も顔を合わせた切島だった。


「はよーなまえ! あ、寮でも挨拶したか」
「……なに、これ」


挨拶を返す余裕もなくなまえは切島を見上げる。自分にかけられたのは温もりの残った切島のコートだった。きゅっとコートを握ったまま問いかけるなまえに切島は「俺の!」と元気いっぱいに返してくれたが聞きたいのはそれじゃない。


「いらないけど」
「女子がこんな寒い日に何も羽織ってないんじゃ、風邪引くだろ? 俺よりなまえが着てろって」
「っ、あ、そう」


照れた表情を切島に見せたくなくてなまえはコートを素直に羽織る。会話という会話がないまま歩いていた二人だが切島のなあという声かけによりなまえは返事をした。


「前にさ、なまえにドレスあげただろ」
「? ……ああ。あれか」


一瞬本気でなんのことだと思ったがすぐに思い出した。なまえは林間合宿前に行った《I・アイランド》での出来事が脳裏を過る。壮絶な戦いももちろんだがドレスという単語で恥ずかしいことを思い出してしまったなまえは勢いよく切島を睨んだ。


「ドレスがなんだよ」
「え、なんでそんな怒ってんだよ? ……あのさ、あれ結局俺が買ったものじゃなかったわけだろ? 俺としてはなまえにほしいものを自分で買ってプレゼントしてえんだ」


言葉の真意が掴めずなまえはそっと首を傾げた。だから! とガッツポーズをしながらこちらを見つめてくる切島に耳を傾ける。


「週末暇ならデートしてくれ! 頼むっ!」


言いきったと自信満々な表情をしているところ悪いのだがなまえは倒れそうだった。そもそもデートとは付き合った男女がするものではないのか、いやそうなはずだと自分の認識が間違っていないことを一人で確認する。目を泳がせて口を開けないままでいるなまえの態度を拒否と受け取ったのか切島は途端にしょんぼりし始めた。まるで自分が悪い立場になったようだ。


「暇じゃ、ない」
「っだ、だよなぁ……悪い! 忘れてくれ!」
「けど」
「え?」


空元気だった切島は目をぱちりと瞬かせてなまえの言葉を待っている。切島に悲しい顔をさせたいわけではないのだ。だったら今この状況の正解は。


「どうしてもって言うなら、デートしてあげる」


一緒に週末出かけてやることだろう。自分の口からデートなんて言葉を発する日が来るとは思わずなまえは頬を染めた。瞳だけでは飽き足らず表情まで輝かせた切島はなまえの手を取り嬉しそうに歩く。手を繋がれるとは想像していなかったなまえは目を見開くが離すのが名残惜しくて必死に唇を噛みしめた。今口を開いたら照れ隠しで生意気なことばかり言ってしまいそうだから。

切島から大体のことを聞いた上鳴は真顔で言い放つ。


「は? マジでなんで付き合ってねえの?」


全く以てその通りである。



此岸に花は咲かぬもの



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