"個性"ではない別の何かが発現したのは三年前のことだ。はじめは登校中に石で躓き転んでしまう夢を見た程度だった。やけにリアルな夢を見たなと思った次の日の朝、なまえは登校中夢の通りに転び膝を擦りむいてしまう。こんな偶然もあるものなのだな。最初こそ楽観的に考えていたが、そんなことがしばらく続くようになりさすがのなまえも戸惑いを覚えた。


「まるで予知、みたいな」


母の作る夕飯の献立。学校で行われる小テストの答案。敵による事件が起こる場所や内容。"無個性"のなまえはこの予知夢とも呼べる能力とどう付き合っていくべきか悩んでいた。明らかに"個性"ではないのは感じているのだ。誰に言えるはずもなく三年間ずっと予知夢を見るのを繰り返している。


「あ」


そんなある日なまえは一人の青年の夢を見た。裏通りを一人歩くフードを深く被った男、三人組のチンピラらしき一人とぶつかる肩、三人組に絡まれイライラした様子の男、そして瞳孔を開いた男は三人組に手を伸ばし――

なまえが見たのはそこまでだった。この後よからぬことが起こったのは間違いないし、なまえが関わらないことも多く夢見たために今回もその類のものかと思っていた。しかし目の前からゆっくりとした動きで歩いてくるのは確実に夢で見たフードの男性だ。服の色もポケットに手を入れている姿も夢と同じ。このまま俯いて彼の横を通り過ぎれば関わりのないまま時は過ぎ、彼はチンピラに絡まれるだろう。放っておけばいいのだ。何も見なかったことにして通り過ぎるだけ。簡単なことじゃないか。


「あの……」
「……なんだ、おまえ」


どうやら自分は簡単なことをできない人間だったらしい。ぷるぷると震えながら一度唇を噛みしめたなまえは自分でもなぜ呼び止めてしまったのか理解できていなかった。チンピラとはいえ、『よからぬこと』が起きないようにしたかったのか。単純に青年に興味があったのか。どちらかかもしれないし両方なのかもしれなかった。


「ここを真っ直ぐ行った先……変な人たちに絡まれるので、違う道通ったほうがいい……です」
「……はあ?」
「じゃあ、あの……伝えたので」


フードから覗いた鋭い瞳に怖くなったなまえは、顔を青くさせると一礼をして逃げ出した。名前も知らない彼がこのあとなまえの言う通りに他の道を通ったのか、聞かずに道を進んでいったのかはこの先一生わからないだろう。もう会うことはないのだから。







――と思っていた時期がなまえにもあった。


「弔さんいい加減帰られては? お家の人心配しますよ」
「お家の人なんているわけないだろ」
「え……すみません」
「謝罪の気持ちが足りない」
「ええ……」


予知夢が原因で仲良くなってしまった男性は死柄木弔と名乗った。男性との出会いから数日が経ち、突然彼が現れてすごくフレンドリーに話しかけてきたのだ。「おまえの言った道に入ったら本当に不快な奴らと会ったよ。すごいなぁおまえ。そういう"個性"持ち?」ナンパでももう少しマシな声のかけ方をするだろう。それは自分も人のことを言えなかったけれど。


「謝罪の気持ちとは……」
「とにかく足りないんだよ。わかれ」
「弔さん最近私に対して当たりが強いですね?」
「なまえも俺に遠慮なくなってきたな」
「このやりとりに慣れてしまって」
「慣れって怖いよなぁ」
「ほんとそれです」


死柄木を見上げなまえはふふっと笑う。彼のそばにいるのは楽でいい。死柄木は"個性"や"無個性"関係なくなまえと接してくれる。


「そういや最近『夢』は見たのか、なまえ」
「時々、ですかね。というか、最近は同じ夢しか見ないというか」
「同じ夢?」
「なぜか私が男の人と公園で特訓してるんです。顔が見えないので誰かはわからないんですけど……」


ふーん。頬杖をつきながらなまえの話を聞いた死柄木の顔がほんの少し歪む。理由を尋ねてもうるさいと言われてしまったので大人しく黙っておいた。急に機嫌が悪くなるのは今に始まったことではない。こういうときはそっとしておくのが一番だ。


「……まあ、何度も見るならいつもの予知夢だろ」
「特訓しろっていう神様からのお告げなんでしょうかね。漠然とヒーローになりたいってだけで特訓なんてしてきませんでしたし」
「口だけかよ。行動しろ」
「あはは」


変な能力だとも思うけれど、なまえはこの能力について考え方が変わった。きっとこの能力は死柄木と会うために授かったものなのだ。今後能力について真相がわかる日が来ても来なくてもどっちだっていい。なまえはただ、死柄木と共にこれからも他愛ない話ができればそれで十分なのだ。



虹の番いの棲み処を知ってる



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