グルグルと自分の中で渦巻いているのは醜い嫉妬だ。爆豪は眉間にしわを寄せると大きく舌打ちをした。視線の先にはくすくす笑いながらクラスメイトと談笑しているなまえの姿。肩を組まれたり抱きつかれたりなど中学のころまでは考えられなかった。前まで傍にいたのは自分だけだったというのに、いつの間にかなまえの周りには自分以外で溢れている。爆豪はモヤモヤとした嫉妬という感情を胸にぐしゃりと髪を掻き乱した。


「もうなまえちゃんてばー」
「わっ! もう、お茶子ちゃんー!」


笑顔のなまえは自分だけのものだったのに。なまえという存在を奪われてしまい嫉妬や劣等感は募っていく一方だ。自尊心の強い爆豪にとってそれらの感情全てが気に食わないものであり、なまえへの思いも消すことができないほど大きく膨れ上がってしまった。


「あ。切島くんこれありがとう。美味しいね」
「いいって! その饅頭めっちゃ美味いよなー。今度なまえに食わせようってずっと思っててさ!」
「ああ、餌付けか」
「ちげえよ!?」


轟の呟きに切島が勢いよく返した。なまえを中心にして聞こえてくる笑い声が耳障りで仕方がない。今日も不機嫌オーラを出すしかない爆豪は一日が過ぎるのを待つ。今更あの輪の中に入って笑い合うことなど爆豪にはできないのだ。







放課後は忙しい。部屋に帰ったらまずは課題だ。爆豪は荷物をまとめるとさっさとうるさい教室から抜け出した。ポケットの中に手を突っ込み仏頂面で歩く爆豪に話しかける者はいない。


「ま、待ってかっちゃん……!」


はずだったのだが。爆豪が振り向くとそこには慌てた様子で駆けてくるなまえがいた。なぜ追いかけてきたのかわからない爆豪は振り向いたまましばらく足を止め考える。しかしいくら考えても答えは出ず面倒だが尋ねることにした。


「なんか用かよ」
「い……一緒にね……帰ろうと思って……」


ちらりと伺いを立てるなまえを無下にするなんてできなかった。誰に言われたわけでもないだろうにどうして突然帰ろうなどと言ってきたのかはわからないが、断る理由もない。


「勝手にしろ」
「う、うん! ありがとうかっちゃん」


ちょこちょこと後ろをついてきたなまえの腕を引き隣まで連れてこさせれば彼女の目が点になる。しかしすぐにへらりと笑い爆豪の見たかった表情をしてくれるなまえが愛おしすぎて逆に腹が立った。


「今日のヒーロー基礎学も学ぶことたくさんあったよね。瀬呂くんと上鳴くんのペアにあす……つ、梅雨ちゃんと苦戦しちゃったよ」
「まだ攻撃の一つひとつに無駄と隙があるって話だろ」
「! すごいかっちゃん……どうして私が最後に言おうとしてたことわかったの?」
「何年一緒にいると思ってんだテメェは!」
「ずっと一緒だねー」


あははとなまえが楽しそうにしているのを見て、爆豪は口を閉じ前を向き直した。ため息をのみ込んで比較的大人しい声で爆豪は尋ねる。


「いきなり二人で帰りたいなんてどういう風の吹き回しだ」
「え……? うーん……大きな理由があるわけじゃないけど……」


大きいか小さいかは自分が決める。爆豪がなんだよと続きを催促すれば、なまえは恥ずかしそうに片手を頬に当てると俯いた。


「最近かっちゃんと一緒にいられなかったから……話したくて」


なまえに特別な意味はなかっただろう。幼なじみとして、最近共にいる時間が少なくなったため話したかった。ただそれだけのことだ。自分から話しかけにいくのは緊張したのだろう、なまえは顔を上げはにかんで爆豪を見つめている。なまえのこういうところがいけない。なまえは自分を幼なじみとしか見てなくても、爆豪もなまえを同じ目で見ているとは限らないというのに。そして、爆豪は気がつけば体が動いていた。


「でも、よかった。追いついても待ってくれないかなって思ってたから――」


何かしゃべっていた気がするがなまえの腕を掴むと強引に目の前へ引き寄せた。何が起きたのか理解できていない表情で視線を合わせてくるなまえに爆豪は顔を勢いよく近づける。あと数センチ動けば唇が触れ合ってしまうほどの距離だった。


「かっちゃん……?」
「なまえが俺の元に来たのが悪い」


元々爆豪に我慢なんて似合わなかったのだ。我慢していたのに話しかけてきた挙句喜ぶようなことを言ったなまえが全部悪いのである。責任転嫁とも言える言い訳をした爆豪はスっと離れると歩みを再開させた。ポカンとしていたなまえだったがハッとし待って……! と急いで追いかける。なんでも、そのとき覗いた爆豪はスッキリした顔をしていたらしい。

次の日突然それは起こった。なまえがいつもと同じようにクラスメイトと話していれば後ろから肩に誰かの腕が回された。話していた耳郎や瀬呂が呆け、なまえも戸惑い確認するべく振り返る。そこにいたのは今にも吠えそうに睨みを利かせた爆豪だった。


「何してんの爆豪」
「なまえとしゃべんな」
「は!? なんで!」


うるせえと理不尽に怒鳴る爆豪に納得のいかない顔で文句を垂れる耳郎たち。かっちゃん……? となまえは不思議そうに見ることしかできない。爆豪は溜め込んでいた思いをぶちまけるように息を吸い込んだ。


「出会って数か月の奴らがなまえの傍いられると思ってんじゃねえ!」


なまえといた時間は自分のほうが長いのだ。笑い合うことはできないが牽制ならば可能だ。モヤモヤはなくなっている。……なまえは誰にも渡さない。なまえは自分のもんだ。爆豪がクラス中のブーイングを無視しているとトントンと肩を叩かれる。


「あ?」
「ノンノン。独り占めはいただけないな。彼女は皆のものさ」


瞳を輝かせる青山に続くように麗日は前に出るとなまえの手を両手で握った。


「だから、ダメだよ。爆豪くん」


にこりと目を細めて笑う麗日にめんどくせえなと爆豪は素直に思った。周りは敵だらけだ。だがもう一日が過ぎるのを待つのはやめたのである。なぜこんな状況になっているのかすらわかっていないなまえの「これ何かのゲーム……?」という素っ頓狂な声が教室に響き渡った。



全部濁った色になる



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