誰もいないハイツアライアンス一階の共同スペースは静かだ。寝つけなかったために気晴らしで部屋から出てきたはいいが、一階で特にすることもない。明日も早いために寝なければとは思うが、意識すればするほど眠りは浅くなるもので。どうしようかな、とソファに腰かけているとこちらに近づいてくる足音に気づいた。振り向くより先に体を包んだ温かさになまえはぱちりと瞬きを一つする。


「パーカー……?」


自分のものではないし、足音の人物のものだろう。勢いよく振り向いたなまえの視界に映ったのは、振り向くのが突然すぎたためか目を丸くする少年の姿。


「轟くん?」
「ああ」


冷えるぞ、と口にした轟の表情は既にいつもの無表情に戻っていた。目を丸くする轟くんかわいかったのになぁ、と内心でひっそり思うことくらいは許してほしい。

轟はなまえの想い人である。本人はもちろん友達にも言っていないこれはなまえが必死に隠している気持ちだ。どきどきと鳴る心臓の音がばれないように服を握りしめたなまえは轟にここにいる理由を尋ねた。


「俺が聞きてえ。寝ないのか?」
「ちょっと寝つけなくて。轟くんもそんな感じ?」


こくりと頷いた轟に偶然だねと微笑み肩にかかった轟のパーカーに手を添える。彼の匂いが鼻をくすぐりまるで抱きしめられているみたいだなんて顔が熱くなる。


「でも轟くんの声聞いたら安心した。眠れそうかも」
「声……電話ならいつでもする」
「え。でも眠れないとはいえこんな時間に電話は迷惑じゃ」
「? なまえのためなら時間は作るぞ」
「ちゃんと寝てね轟くん」


ありがたい発言に素直に礼を伝えてなまえは立ち上がった。パーカーを返そうとすると明日で良いと言われ渋々頷く。


「添い寝するか?」
「しなくていいよ!?」


戻る直前にまた顔が赤くなるような爆弾を落とされてなまえはもう! と怒る。パーカーは脱ぐことができずつい着ながら布団に入ってしまった。寝る前に轟に会えたことで安心したのかあんなに眠れなかったというのに案外早く夢の中へと旅立つ。ちなみにめちゃくちゃいい夢を見た。







翌日朝食を食べる轟にそそくさと近づいてきたのはもちろんなまえだった。恥ずかしそうに口元に力を込めるなまえは指先で轟の肩を軽く突く。魚の身を口に含んでいた轟は咀嚼しながら振り向いた。


「あの、昨日の……洗って明日返すね」
「………」


しっかりと飲み込んでから返事を考えた轟は一度外した視線をなまえと絡めて首を傾げる。


「そのまま返してもらって構わねえぞ」
「さ、さすがに気にするよ……その、ごめん……」
「俺が貸したんだから気にする必要は――」
「昨日着たまま寝ちゃったから……っ! だから、ちゃんと洗い……ます」
「てことはパーカーからなまえの匂いすんのか。……いいな」
「うん!? 何が!?」


とにかく洗って返すことを慌ててまくし立てるなまえに、轟は本当に洗わなくていいのにと残念に思った。

何も相手を好きなのはなまえだけではないということだ。轟自身なまえを異性として見ているからこそ自分のパーカーを彼女にかけたし、添い寝まで提案した。さすがに気になっている女子以外にそんなことしたりしない。お互いに相手は自分のことなど好きではないと思っているために中々距離は縮まらない。そんな二人を眺めながら朝食を取るのはクラスメイトである。


「轟くんなまえちゃんにパーカー貸したんだねぇ」
「みたいねお茶子ちゃん。多分前になまえちゃんが轟ちゃんに似合いそうって言ったものだと思うわ。あのあとこっそり買ってたの知ってるの」
「マジで? なまえも轟にあんだけ好き好きアピールされてよく気づかないよね」


耳郎は頬を赤く染めるなまえを見つめながら「直接的な言葉がないからじゃね」という上鳴のもっともな意見を耳にする。


「きっと勇気が出ないのですわ」
「勇気?」
「踏み込む勇気です、葉隠さん。轟さんもなまえさんが特別だということは態度で示していますが、好きと伝えて拒否をされるのがきっと怖いんです」
「そんなもん?」


朝から紅茶を嗜み微笑む八百万に芦戸は難しそうな顔で腕を組んだ。


「第三者が首突っ込む必要もないっしょ。これからも俺たちは見守ってこうぜ」
「瀬呂の言う通りだな。見てっとやきもきするけど、それは前からだし」
「くっつくなぁ……絶対にくっつくなぁ……」


切島は自分の発言のあとに呪いの言葉を口にする峰田に呆れた視線を送ることを忘れない。何気にA組は二人がいつくっつくのかを非常に楽しみにしているのだ。今日もA組に見守られたなまえと轟が二人だけの世界の中で話し合う。



絶え間なく降りてくる甘い糸



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