「なまえ、明日英語当たるだろ。大丈夫か」
「わっそうだった……! 教えてくれてありがとう……! でも毎日予習してるから大丈夫」


ずるり、と肩にかけていたバッグの紐がずれた。


「心操、なまえに勉強の心配はするだけ無駄でしょー」
「言ってやりなよなまえ、余計なお世話ですよーって」
「なまえそんなふうに思ってたのか……ごめん」
「え!? お、思ってないよ!」
「嘘泣き」
「……心操くん!」


なまえにも交友関係はある。それは爆豪も理解しているつもりだったし、口出しするつもりもなかった。なかった、はずだったのに。

普通科に通うなまえとは幼なじみで小さなころからずっと一緒だった。幼稚園から中学まで奇跡的にクラスまで同じだった二人にとって高校ではじめて教室がわかれたのだ。自分の後ろをくっついてきたなまえが一人になって大丈夫だろうか。口に出しはしなかったけれど、そのことだけが気がかりだった。世界で二割いると言われる"無個性"ということで白い目を向けられてきたなまえに友達と呼べる者は今までいなかった。だからこそ爆豪は知らなかったのだ。なまえが自分以外に笑いかけたり、怒ったりするところを見るのがこんなにも辛いということを。


「ねえ。あれヒーロー科の」
「え? あ、かっちゃんっ」


なまえの隣にいたクラスメイトであろう女子が自分が立っていたドアを指差しながら彼女を見つめている。それだけだというのに苛立つ自分を認めたくなくて、爆豪は何も言わずにドアから離れた。自分がいなくなったことで慌てるなまえの声を聞きながら爆豪は早足で学校を出る。気づいたら爆豪は公園のベンチに腰かけていて、次の瞬間にはバッと頭を抱えた。


「クソだせぇ……」


まさか自分がなまえの周りの人たちに嫉妬することになろうとは。いつだってなまえの隣にいたのは爆豪だった。ああ、きっとこのままではなまえが自分から離れていってしまう。はじめての嫉妬という感情に歯ぎしりが止まらず舌打ちをしようとした瞬間だった。


「い、いた! かっちゃん!」
「っ!」


肩で息をするなまえがベンチに座る爆豪を心配そうに見つめていた。どうやら自分を追いかけてきたらしくリュックを背負いながら「なんで先に帰っちゃうのー」と眉根を寄せる。帰ろうと誘ったわけでもないのに追いかけてきたのか、と爆豪はそれだけで気持ちが落ちつくのを感じた。単純すぎるだろうと頭を振りなまえの名前を呼ぶ。


「……あいつらはいいんかよ」
「あいつら?」
「さっきまでしゃべってたろ」
「あ、心操くんたちか。大丈夫だよ、ちゃんとさよならの挨拶はしてきたからっ」


別に挨拶をしたかどうかなんて聞いてないしどうでもいい。先ほどまでなまえが離れていくと考えていた頭は、すでにこれから彼女と何をしようかについてでいっぱいだ。爆豪は驚くなまえを無視して腕を引っ張り、自身の胸に押しつけた。「かっちゃん!?」と焦った声に笑みを浮かべたくなる。


「なまえ」
「え、なに……っ?」


自分以外に大切な者ができないよう、これからきちんと教えていかなければ。なまえの隣にいていいのは爆豪だけだし、爆豪が隣にいることを許すのもなまえだけだ。


「俺以外に笑顔見せてんじゃねえよ」


だから少しくらいの束縛も許してほしい。横暴だよなんて笑うなまえの表情を見ながら爆豪は彼女の匂いを感じた。



月と知らずに泳ぐ



戻る