「何してんだよ」


突然声をかけられてきたこともそうだが、先ほどまで持っていたノートが半分以上なくなりなまえは驚きの声を上げた。呆れた目を向ける人物、爆豪に礼を伝えればため息をつかれる。


「この量を一人ではバカだろ」
「あはは……早めに返したほうがいいかなって思って、全部まとめて持ってきちゃった」
「往復するとか誰かに声かけるとかしろや」
「ごめんね。ありがとう、かっちゃん」
「お前のためじゃねーわ」


気を抜けばふふっと笑ってしまいそうになったなまえは口元に力を込めることで爆豪から怒られる未来を回避した。先生に頼まれていたのは単純にノートを教室に運び配っておけという雑用である。一人二冊。それをクラスの人数分という量の多さでなまえが運んでいたところ爆豪が半分以上を持ってくれたというわけだ。正直一人でも運べる量ではあったが、爆豪の優しさを素直に受け取ったなまえは少なくなったノートを抱え直して教室へ向かうべく足を進めた。


「今日の数学結構難しかったよね」
「あんな問題、基礎がしっかりしてれば簡単に解ける」
「おお……さすがかっちゃん。うーん、基礎やり直せばわかるかな……あれ?」


難しい顔をしながら数学の問題に悩むなまえの手から全てのノートがなくなった。顔を横へと向ければ無表情のままなまえの持っていたノートを抱えた轟がいて首を傾げるしかない。


「俺も持つ」
「はあ!?」


轟の言葉に素早く反応を示したのはなまえではなく爆豪だった。


「俺一人で十分なんだよ! どっか行け半分野郎っ」
「何怒ってんだ爆豪」
「テメェのせいだろうが!」


怒鳴る爆豪の隣でなまえはありがとうと言うべきか遠慮するべきかで悩んでいた。爆豪も轟も時折こうして口喧嘩を始めてしまうから困りものだ。言い方を変えよう、爆豪が一方的に突っかかってしまうのである。仕方なく後者を選んだなまえが苦笑しながら轟へ話しかけた。


「えっと、持ってくれるのは嬉しいんだけど少ないから大丈夫だよ。轟くん」
「でもそれだとなまえと一緒にいる理由がなくなっちまう」
「え?」
「持ちたいわけじゃねえが、話すきっかけになればって」


段々と熱くなっていく頬になまえは慌てて両手で押さえた。顔を赤くしたなまえを不思議そうに見つめてくる轟にいくら唸っても気持ちは伝わらない。どうして恥ずかしいことを真顔で言えるんだ。盛大に舌打ちをした爆豪によって我に返ったなまえは「と、とにかく!」と轟から強引にノートを奪った。


「私なら大丈夫! 二人とも喧嘩するなら私一人で教室まで運ぶからご心配なくっ!」
「待て。誰と誰が喧嘩してるって?」
「かっちゃんと轟くん以外にいないよ……」
「俺たち喧嘩してたのか」
「してねえ! なまえに構わずお前がどっか行きゃいい話なんだよ!」


前に一度だけだがなぜ自分が絡むと二人は口論が多くなるのかを聞いてしまったことがある。爆豪はうるせえだけだったが、轟が「お互いなまえが好きだからじゃねえのか」と呟いたものだからなまえは三人になるといつも反応に困っていた。間違えてでも「私のために争わないで」なんて言おうものならこの状況が更に悪化することなど目に見えている。


「なまえ挟んで三人で運べばいいだろ」
「なんで俺がお前と仲良く運ばなきゃなんねーんだよ……!」
「? じゃあ別に仲良くしなくてもいいぞ」
「ああ言えばこう言うなクソ!」


涼しい顔をしてなまえとの時間を作ろうとする轟に爆豪の怒りも限界のようだ。ひとまず廊下で騒ぎ立てるのはやめてほしかったので「かっちゃん」と彼の名前を呼ぶ。


「三人で教室行こう。どっちにしろ運ばなきゃ授業遅れちゃうし」
「……ちっ」
「舌打ちでけえな」
「いちいち絡むなめんどくせえ!」


結局なまえは自分の分の二冊だけを手に持ち、あとは爆豪と轟が全て持ってくれた。言い合い? がなければありがたさしか残らないのだがこの二人には難しいらしい。


「また何か頼まれたら言え」
「え? あ、うん。わかった」
「できれば俺にも声かけてくれ」


かけんでいいわという声もあったがなまえは頷いて返した。二人の気持ちがわからず反応には困るし口論もやめてほしいけれど自分のためと行動してくれるのは嬉しい。しかしもし二人の好きが恋愛の意味での好きならば、答えを出さないといけない日が来るだろう。ちらりと盗み見た二人もこちらを見ていたようで重なってしまった視線を逸らした。

答えを出せる日なんて来るのだろうか。うるさい心臓に静まれと祈りながらなまえは持っていたノートを改めて抱え直した。



昼のない世界でもよければ



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