英語の授業が終わりなまえがふぅと息を吐くと「なまえくん!」とやけに興奮してどこか怒った声が耳に届いた。なまえが顔を横に向ければそこにいたのは飯田で、ビシビシと腕を上下に振りながら眉をひそめている。怒っているというのはあながち間違いではなかったようだ。


「飯田くん、何……?」
「何ではないぞなまえくん! しっかり見えていた! 授業中によそ見をしたらダメじゃないか! これから気をつけるように!」
「よそ見……あっ」


よそ見なんて、と否定しようとして思い出してしまった。たしかになまえは授業中一度だけそっと後ろを振り返ってしまったのだ。それは紛れもない事実であるし言い訳はできない。なまえがごめんね気をつけると素直に謝ると飯田は口角を上げうんと頷く。さすが委員長らしい。しかしそんな何も言わないなまえに代わり手を上げたのは麗日だった。


「飯田くん怒らないであげて……なまえちゃんわざとよそ見したんじゃないから」
「? そうなのかなまえくん」
「え? う、うーん……でもよそ見したのは本当だし」


本当のことを言うべきか悩むなまえに麗日は苦笑する。麗日の言葉に待てよと飯田は顎に手を当て考え込んだ。


「だがよく考えてみればなまえくんが授業中に意味もなく後ろを振り返るとは思えないな……ハッ! まさか誰かがなまえくんにちょっかいを!」
「飯田にめっちゃ見られてる! オイラじゃねーよっ犯人なんてわかりきってんだろ!」
「大丈夫峰田くんは関係ないよ……! ちがうの、あのね飯田く――」


なまえが立ち上がり飯田たちを宥めようとすると、誰かが自分のすぐそばに近づいてきたのがわかった。誰かを確認するのと同時に右手が温もりに包まれる。すっぽりと覆う温かくて大きな手。見上げればそこにいたのは案の定。


「轟くん……」


冷たさなんて微塵も感じない視線を向けられたなまえは口を結んだ。轟からのスキンシップは今に始まったことではなかった。声をかけられずとも手を握られれば轟だとわかる程度には触れられている。初めこそびっくりしすぎて固まっていたが、こうも多いと慣れは来るものだ。なまえを一瞥した轟は飯田に目線をやると謝罪した。


「なまえが後ろ見たの、俺のせいだ」
「轟くんが……!?」
「悪いけど、驚いてるの飯田だけだから」


イヤホンジャックを弄りながら耳郎はため息をつく。「あっ……なんか見られてるなーって思ったんだけど、あれって轟くんだったんだね」とにこにこ笑うなまえに頭を抱えたくなった。まず第一として空き時間に轟がなまえを見ない時間なんてほぼないに等しい。さすがに先生が話しているときや演習時間は集中しているが、板書が終わり次の問題に入るまでの数分間。その数分間は飯田となまえ以外のクラスメイトにとってもはや日常となっていた。轟から花飛んでない? 口にこそ出さないが異常なまでの幸せオーラに気づかない者はいない。八百万も轟と隣の席でなければ見逃していただろう。スキンシップも含め轟からの好意など一目瞭然だというのに、ちっとも気づかないのだからなまえが恐ろしい。


「ねえ轟くんさっきの文法理解できた? 寮に戻ったら復習しないと……」
「一緒にやるか」
「本当? じゃあ夜に轟くんの部屋行くね」
「ああ」
「ああじゃねえよ!!」


苛立った様子で終始貧乏ゆすりをしていた爆豪がとうとう爆発した。席を立ちズカズカ轟に歩み寄る姿はどこぞのヤンキーだったと後にクラスメイトは語る。爆豪は轟の目の前で立ち止まるとなまえを指差して怒号を上げる。


「夜にこいつ部屋誘ってんじゃねえ寝ろや!」
「何怒ってんだ爆豪」
「そういえば、この間私の部屋で轟くん寝ちゃって起こすの大変だったよね」
「行き来すんな腹立つわ……っ!」


爆豪はなぜ自分がこんなにイライラするのかを思案する。幼なじみと舐めプ野郎が一緒にいるだけだというのに。そこで爆豪は考えずとも答えが出ていたことに気づいた。そうだ、こいつら一緒にいるくせして。


「さっさとくっつけ!!」


好意に気づかない時点でお察しだろうが、二人が付き合わない大きな原因の一つになまえの鈍さがあった。さらに問題なのは轟がハッキリと気持ちを伝えていないこと。これにより付き合ってないのが不思議という関係が成立してしまっているのである。抱き合えと誤解して二人が別の意味でくっつき合う前に爆豪は付け加えた。


「好きなら好きって言え! 言っとくが恋愛沙汰に関して言えばなまえの脳みそに察するなんて文字はねえぞ」
「……好きだ」
「私も轟くん好きだよ」
「お前舐めてんのか……」
「待って轟くんも言ってたけどなんでかっちゃん怒ってるの……!?」


爆豪は焦るなまえに文句を垂れようとするが轟により遮られた。握っていたなまえの右手に轟が口づけたのだ。これにはなまえも目を丸くする他なくそれを間近で見せられた爆豪も動けなくなってしまった。


「こういう好きだ、なまえ」
「こう、いう……すき……うん!?」
「……手だけじゃダメか」
「違う、わからなかったとかじゃなくて……! 全くそんな話してなかったからいきなりでびっくりしたというか!」


いやそういう話をしてたんだよ。比較的温厚な性格な者も一字一句違わず同じことを思った。


「好きだから見てた。好きだから触ってた」
「ぶっちゃけ部屋に誘ったり誘われたりのとき下心あったりした?」
「それはねえ」
「上鳴ちょっと黙ってて」


公開告白に耳郎は感動する。まさか生でこんなものが見られるとは思ってもみなかった。恥ずかしそうに視線をさまよわせるなまえにあとひと押しだと1-Aはグッと拳を握りしめる。


「俺なまえが好きみてえだ」
「私……」


なまえの返事がはいかいいえか。次の授業のチャイムが鳴ってしまったことで聞けずに公開告白は一度終わりを迎えたが、おそらく次の休み時間からまた轟の告白は続くだろう。むしろ授業中の熱い視線も覚悟したほうがよさそうだ。爆豪に親指を立てる切島や瀬呂。今日も二人の恋愛の行方を見守る1-Aの日々は過ぎていった 。



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