うっかり好きになったのが敵だった、と言って信じてくれる者がどれだけいるだろう。しかしどうやら敵であるこの男、死柄木も自分のことが好きらしい。肩に寄りかかってくる死柄木を横目になまえはぱちりと瞬きを繰り返す。
「死柄木さん」
「弔でいいって何回言えばわかるんだおまえは。脳味噌あるのかよ」
「罵詈雑言……死柄木さん本当に私のこと好き……?」
「好きだけどなんだ」
「そ、そういうのは素直なんだから……っ」
顔を赤くしたなまえに気を良くした死柄木が鼻で笑ってくる。どんなに口が悪くても寄りかかる彼が体重をあまりかけないようにしてくれていることは知っていた。何となく怒りづらくてなまえは目を逸らす。だが自分を見ないことを死柄木が許すはずもなく「おい」と声をかけられた。
「逸らすな。こっち見ろ」
「子どもみたいなこと言わない……ねえ死柄木さん」
「なに」
「……敵って本当?」
死柄木と会ったのはオールマイトに会うよりずっと前だ。最初はヒーローになる夢をバカにしてくる酷い人だという印象しかなかった。しかし何度も自分の前に姿を現した死柄木と会話を重ねるうちに惹かれていったのだ。きっと死柄木も同じだろう。バカにするつもりで近づいた年下の女を好きになるだなんて想像もしなかったに違いない。ヒーローを嫌っているのはわかっていたが、敵だとは思っていなかった。心のどこかではもしかして、とは思っていたのかもしれないが本人の口から聞くことになるなんて。
「本当、って言ったらなまえはどうする」
「質問返しは酷いよ」
「別になまえを試すなんてしてないだろ。純粋に気になってるだけ。で、俺が敵だったらどうする?」
ニヤニヤしているところを見るに反応を楽しんでいるなとため息をつきたくなる。死柄木が敵だったらどうする。そんな質問野暮というものだ。
「どうもしないよ」
「へえ」
「死柄木さんが私を好きな気持ちが本物なら、敵でもいい」
「ヒーロー志望が聞いて呆れるな」
ははっと笑みをこぼす死柄木はそれでもどこか嬉しそうでなまえも同じ感情になる。死柄木だってヒーローを目指す自分を好きになってくれたのだ。それで自分が死柄木を敵だから嫌いになるなんてことあるはずがない。
「ずっとそばにいてね、死柄木さん」
「ずっとは無理だろ。俺敵だし」
「そっか」
「そうだよ」
お互いの指が絡み合い、死柄木の中指だけが寂しげに浮いている。この先例え敵対したとしてもなまえの死柄木への気持ちは変わらない。好きだと抱きしめてくれる死柄木がいてくれるならそれでいいのだ。
「死柄木さんが悪いことしたらやっつけちゃうかも」
「悪いことしかしないし、俺平気で人だって殺せる」
「私も殺しちゃうの?」
「……おまえは」
死柄木は一瞬だけ考える素振りを見せたが、なまえの肩を抱くとにやりと笑った。
「おまえのことは、誰の目にも触れさせないように閉じ込めておくことにする」
「……こ、こわい」
「精々逃げるんだな」
閉じ込めておく、か。死柄木にならいいのにと言ったら、彼はどんな反応をしてくれるだろう。ヒーローと敵は相容れないけれど、二人の間にそんな関係はあってないようなものだ。
「じゃあ、私のことずっと好きでいてね」
「ああ、それは約束できる」
死柄木からの愛は気持ちがいい。好きだという思いを伝えるために自分も体重をかければ、死柄木は応えるように肩を抱く手に力を込めてくれた。
泥濘の淡い暮らし
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