「なまえをいじめてたって言う男の名前と顔の特徴は」
「あれこの話前もしたような……」


アジトの椅子に座りながらうとうとしていると後ろから伸びてきた手がテーブルに置かれる。気怠げに発せられる声には聞き覚えしかなくてなまえは苦笑しながらも振り向いた。顔の近さに若干驚きつつも「荼毘さん」と名前を口にする。


「弔くんならいませんよ」
「俺がアイツに用事があると思ったことが信じらんねえな」
「え。弔くんがいるときにしか現れないからてっきり今日も何か用かと」
「死柄木がいるならなまえもいるだろ。セットで考えてただけだよ」


その台詞だとまるでなまえに会いたくてアジトに足を運んでいるような言い方だ。頷かれでもしたら恥ずかしくなってしまうためにそっかぁと微笑み話を流した。


「私はあまりここから出歩いていないっていうのに皆が羨ましいってちょっとは思ったりしてます」
「じゃあ今から散歩でもすればいい。俺がいれば大丈夫だろ、行くぞ」
「え? でも荼毘さん今アジト来たばかりなのにまた外に出すわけには」
「ほら」
「わっ……!」


ぐいっと引っ張られた腕になまえは少しばかり気分が高揚する。外に出られるのもそうだが荼毘と二人で散歩というのははじめてのことだ。わくわくした様子のなまえに荼毘はくつくつと笑ってやった。


「わかりやすすぎ」
「ハッ……! つい嬉しさが顔に……!」
「しかも素直かよ」


継ぎ接ぎだらけの顔が楽しそうに表情を変える。散歩と言っても薄暗い路地裏をひたすら歩くだけだが念のためにフードを目深に被った。いないとは思うが自分の顔を知っている者に会ったら大変だ。


「……荼毘さん怒らないでくださいね」
「ふざけんな」
「え」
「今怒ったから多分怒んねえ」
「前もって怒る人に出会ったのははじめてです……」


話が逸れてしまったと咳払いしたなまえは隣でポケットに手を突っ込む荼毘を見上げた。今でこそ距離は近いけれど出会った当初ではこの距離なんて考えられなかったな、と。


「荼毘さん、最初私のこと嫌いだったでしょう」
「ああ」
「う……肯定されるとそれはそれで傷つく……」
「でもそれはお前のこと知らなかったからだろ。お人好しで俺の嫌いなタイプな人間なことは間違いねえが、今嫌いじゃないんだからいいじゃねえか」


面倒な女を見る目でため息をつかれてなまえの頬がぷくりと膨れる。別に「嫌いでショックだったなあ」なんて話をしたいのではない。話は最後まで聞いてといじければ続きを促すように黙ってくれた。


「嫌われてたの知ってるから、今こうして荼毘さんの隣を歩けてることがすごく嬉しくて幸せだなってことを言いたかったの」
「……へえ」
「興味なさそうな返事……予想通りすぎて驚きはしないけど」


ふと、頭に重みを感じたなまえが視線を上げれば伸びているのは荼毘の腕だった。ぽんと置かれているのは荼毘の手らしく、状況がつかめないなまえは首を傾げるしかない。


「なんで私は荼毘さんに頭を撫でられているのでしょうか」
「撫でてはねえよ」
「た、たしかに」


こちらを見つめてくる荼毘の目がやけに上機嫌なことに気づく。理由はわからないが機嫌を良くするような何かがこの短時間であったのは確かだ。余計な発言をして機嫌を損ねないようそこからは無言の散歩が続く。だが特に気まずくなることもなく比較的穏やかな時間が過ぎていったように思う。


「荼毘さん、また一緒にお散歩しましょうね」
「気が向いたらな」



春を連れて夢見の森へ



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