「こんにちは、えーっと……なまえだったっけ?」
「こ、こんにちは……なまえ、です。ホークスさん」


前髪で瞳を隠しながら頭を下げたなまえに、ホークスはそんな畏まらないでと笑みを浮かべる。彼は先日敵連合に取り入れ、と公安から頼みという名の命令を下された。信用を得るため上手く立ち回っているつもりでいるし、これからもそうするつもりだ。目の前で荼毘の袖を遠慮がちに掴むなまえにももちろん信用なんてされていなくて、ホークスは感情のこもっていない笑顔で参ったなぁと呟いた。


「なまえの存在は結構そっちに知れ渡ってんのか?」
「まあ敵連合知ってれば名前と少しの情報くらいは。俺は基本ノータッチだったけど、元平和の象徴がなまえ取り返そうと結構必死みたいで」
「無駄な頑張りご苦労なことだな」
「いやあほんと、その通りすぎというか。なまえも有難迷惑ってやつだ」


ホークスが信用を得られるまでは荼毘しか会うことはないと思っていたが、まさかなまえとこんなに早く顔を合わせることになるなんて予想外だ。なまえの存在はもちろん知っていた。むしろ敵連合を追いかけ続けるヒーローや警察でなまえを知らない者などいない。敵連合が大きくなるにつれて加担していることになるなまえの罪も日に日に大きくなっていく。どうやら保護をして洗脳されていた、ということにしたいらしいが、さておき。


「どうして急になまえを連れてきたりしたんだ、荼毘」
「さあ。なまえと会わせるくらいには信用していいって思ったんじゃねえのか。死柄木に聞いてくれよ」


どうやら荼毘と共にホークスに会ってこいと言ったのはリーダーの死柄木らしかった。なまえから見た印象を伝えろとでも言われたのだろうか。いや、そもそも荼毘が果たして本当に自分の名前を出したかどうかすら怪しい。ともかく、なまえにご執着らしい死柄木は彼女の発言次第で自分の今後を決めるはずだ。一先ず人当たりの良い笑みで乗り切ることにしたホークスはすっと手を差し出した。


「とりあえずよろしく。協力関係ってことは今後何度も顔合わせるだろうし」
「あっ……」


あわあわと荼毘やホークスを交互に見て何かを考えている様子は、こんな状況でなければ素直にかわいいと思えたはずだ。荼毘が何も言ってこないということは握手は構わないということか。なまえはおずおずと差し出された手を握り返してもう一度頭をぺこりと下げた。


「あの……」
「ん?」
「び、ビルボードチャート。二位おめでとうございます……」
「………」
「? あの」
「ああごめん。まさか祝われるとは思ってなくて」


皮肉でもなんでもない、心からのお祝いを敵連合の一人から。いくらなまえが敵に染まりきったと言ってもやはり根本的なところは変わっていないのだ。


「ありがとう。よろしく、なまえ」
「よろしくお願いします……ホークスさん」


ぎこちなくも笑顔を向けてくれたなまえに、死柄木に余計なことは言わないことを確信する。安堵と同時に心の優しいなまえに同情した。ホークスははじめてなまえにかわいそうだという感情を持ったのだ。

きっとなまえが敵連合に入ったのは、死柄木辺りにつけ込まれたことがきっかけだろう。この世界は優しいだけじゃ生きられない。"無個性"ということが理由でいじめがあり、味方のいない日々だったと彼女について記載された資料には記されていた。優しい彼女は仕返しすら考えず、何を言われてもヒーローの夢を諦めきれず、心の拠り所をはじめに手を伸ばしてくれた死柄木弔に決めた。緑谷なまえは染まりやすい。きっとはじめに手を伸ばしたのがヒーローだったならヒーローとしての道を歩んだだろう。


「でもあまり接触するとあいつ怒り狂うと思うぜ」
「そういうことは早く言ってくれなきゃ困るな」


ぱっと手を離したホークスはヘラヘラと笑った。ヒーローも警察もなまえの気持ちなんて少しも考えていないのだろうなと率直に思う。


「弔くんはそんなことで怒らないですよ荼毘さ……あっなんでもないです」
「俺の言ったことの信憑性上がったな」
「でもですね、短気なところもありますがそこも良いといいますか……」
「のろけはいらねえよ」
「のののろけとかじゃ!」


だってなまえから敵連合を奪うことはすなわち彼女の心を奪うことになるようなものだ。

本当にかわいそうな人である。心の拠り所を失ったなまえがどうなってしまうか、すぐに想像できてしまった。


「はは、仲が良いんだね」


それでも。そんなかわいそうな子を助けたいと思ってしまったのだからどうしようもない。結局ホークスもなまえを救いたいと願う一人のヒーローだったのだ。



ひとりで生きるんだろう



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