「ちょっとだけでいいから、二人きりにさせて」


お願いと頭を下げたなまえに死柄木はしばらく見つめた後で小さく頷き部屋を出て行った。死柄木に続くようにしてトゥワイスやコンプレスたちも部屋を出て行き、最後となった荼毘は「余計なことはするなよ」と吐き捨てるように言う。敵連合に捕まり"個性"封じの拘束をされた爆豪は内心でどうやって余計なことをするんだと眉をひそめた。


「久しぶりだよね……」


床から動かそうとしない視線と、沈黙が気まずいのかよく動く口。なまえが二人きりにしてほしかったのは単純に話をしたかったからだ。雄英襲撃のときから気になっていたことがある。


「かっちゃん、どうして私を取り戻したいの?」
「あ?」


なまえを返せと言っていた爆豪の言葉が頭から消えてくれない。爆豪の性格上敵となった自分なんてどうでもよくなるかと思っていた。しかし爆豪の怒りの対象はなまえではなくて敵だったし、きっと今も自分を取り返そうとしている。その気持ちが今のなまえには理解できなかった。


「もう、私のことは気にしないで。忘れるか、敵として見てほしい」
「……お前何言ってんだ」
「私には弔くんたちがいてくれればいいから。苦しいの」


爆豪は"無個性"の自分が嫌いでそばに置きたくない存在だと思っているに違いない。少なからずそう思い込んでいたなまえは、未だに仲間として見られていることに戸惑いを感じている。思い返すとすごく嫌なことをたくさんされたけれど、なまえは爆豪が嫌いではなかった。酷いことも言われたが小さいころから一緒だったのだ。そんな簡単に嫌いになれるわけがない。

だからこそ苦しいのだ。


「かっちゃんのこと嫌いになりたくない。だから、私を見ないで」


嫌いにさせないでと懇願するなまえの表情が痛々しい。しかしなまえの言葉に爆豪はほんの少し安堵する。ああ、まだ嫌われていなかったのかと。彼女にヒーローになれないと言った回数なんて覚えちゃいない。なまえを敵にした一番の原因はオールマイトではなく自分だと思っている爆豪は、嫌いになりたくないという言葉に救われた。まだ自分の存在がなまえの中で生き続けていることに喜びを感じたのだ。


「もう間違えねえって決めてんだよ」
「え……?」


なまえがいなくなってようやく自分の言動を見直した。もう二度と間違った言動は繰り返さない。やっと合ったなまえの目を見つめながら爆豪は息を吸い込む。


「なまえが嫌いになっても、俺は諦めねえぞ。覚悟しとけや」


もしなまえが自分を嫌いになるときがきたとしても、絶対に諦めるかと決意の視線がなまえを射抜く。かっちゃん、と動こうとした口元が突然覆われてなまえは目を見開いた。顔を動かせば自分を見下ろす死柄木がいて肩を震わせる。


「時間切れだ。なまえ、部屋に戻ってろ」
「連れていきますねー」


スキップで近づいたトガに腕を引っ張られなまえは強制的に部屋へと戻されていく。


「余計なことするなって言っただろ」
「……してねえよ」
「もう少しでヒーローへの気持ちがなくなりそうなんだから余計なことを言うなってことだ」


荼毘の発言を補足したコンプレスは笑いながらシルクハットを指でいじった。全く、本当に余計なことをしないでほしいものだ。敵に染まり切ってきたなまえの邪魔をしないでくれ。

死柄木が椅子に腰かけるが顔につけられた手で表情はわからない。何となく笑っているのだろうと察した爆豪は睨みを利かせた。なまえを取り返すことができるなら、余計なことだって何だってやってやるさ。







「ヒーロー志望の爆豪勝己くん。俺の仲間にならないか?」


そして、物語は悪夢へと誘われる。



不幸をにぎりしめて



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