*「春を連れて夢見の森へ」と繋がってます



なまえが一人でアジトの外を出歩かない理由は、ヒーローや警察に面が割れているからに他ならない。なまえは特別足が速いわけでもないし、彼らから逃げられるような案を持っているわけでもなかった。だからこそばれないようにフードを目深に被っているし、敵連合の誰かと一緒でしか外を出ようとしないのだ。しかし先日荼毘と散歩したルートを思い出してなまえは「そういえば誰とも会わなかったな」などとバカなことを思ってしまった。更に大バカなことに「この間のルートなら一人で散歩しても大丈夫かもしれない」という謎の自信をつけてしまったのである。

その結果がこれだ。


「どこへ行くの、お嬢ちゃん。ここから先は危ないよー」
「やめろって。怖がってるだろ」
「面白がってるくせに。それにあぶねえのはテメーだっての」


ゲラゲラと笑う男数人に囲まれたなまえは既に涙目だ。ヒーローや警察ではないが変な男に絡まれ自分の安易な行動を呪った。加減を知らないのか男に掴まれている腕は骨が悲鳴を上げている。悲鳴を上げたいのはなまえのほうだ。いや、恐怖で声なんて出ないのだけれど。


「ねえ君聞いてる? 顔見せてよ」


ばさっと顔を隠していたフードが取り払われなまえは俯いた。だが男一人に顎を掴まれたことで無理やり上を向かされてしまう。なぜ今自分は男たちに笑われているんだっけ。なぜ今自分はこんな目に遭っているんだっけ。大丈夫なんて思わず大人しくアジトで一人仲間を待っていればよかった。もう絶対に一人で散歩などしないと心に決めていると男たちと目が合いなまえの思考は一瞬で恐怖に染まる。


「……たすけて」


なんとか絞り出た声は情けないものでなまえはくしゃりと顔を歪めた。蚊の鳴くような声を聞き逃してくれなかった男たちの一際大きな笑い声が頭に響く。


「泣いてる、かわいー」
「こんな裏通りに一人で入った自分を恨みな」


なまえ自身のせいだと遠回しに言われ、全くその通りだと頷いてしまいそうになる。腕を掴む手とは別に伸びて来る腕を振り払うこともできず、なまえは目の前が真っ暗になっていくのを感じた。


「弔くん……っ」


無意識に呟いた名前をなまえは覚えていない。







「楽しそうだな。交ぜなくていいから死ねよ」
「っ、だれだテメ――!?」


闇からすくい上げてくれたのは弾んだような声だった。振り向いた瞬間見えた目は少しも笑っていなかったので男たちの未来は決まったようなものだ。死柄木が助けにきてくれたことに気づくのに時間はかからなかった。


「耳は自分で塞いでろ」


どうやら来てくれたのは死柄木だけではなかったらしい。荼毘の片手で両目が覆われなまえは言う通りに耳を塞ぐ。塞いだだけでは足りなかったようで断末魔に体が跳ねた。しばらくして音がなくなり、覆われていた荼毘の手が退けられる。それを合図にぎゅっと瞑っていた目を開いた。


「弔くん、荼毘さん……あの」
「散歩」


ごめんなさいと確かに謝ろうとしたなまえの口が死柄木の言葉によって閉じられる。汚れ一つすらついていない服を叩きながら顔につけている『手』をつけ直し、死柄木は小さく首を傾げた。


「続きしないのか」


そろりと荼毘を見上げればこちらも「まさかここでやめる気じゃないだろうな」という顔をしていた。


「さっきの今で続けようなんて思えないよ……というか二人ともなんで……?」
「おまえがいなくて探してたら塵に絡まれてるところ見つけた」
「ご、ごみ……」
「まあアジト戻るにしても歩くだろ。俺たちはセコムみてえなもんだよ、なあ?」
「せこむ……」


面白半分に髪を雑に撫でてくる荼毘の手を掴もうと腕を上げて痛みが走る。そういえば男に強く掴まれていたなと思い出してすり、と痛い部分を撫でた。


「あいつら、もっとぐちゃぐちゃにしとけばよかったか」


痛みに気を取られ死柄木の呟きが聞こえず、「弔くん?」と目を合わせる。帰るぞと背を向けた死柄木はもう一度言うつもりは微塵もないようだった。


「前に俺となまえの二人きりで出歩いたこと怒ってるらしいから慰めてやれ」
「怒ってないし慰めもいらない」
「と、弔くん! 今度一緒にお散歩行ってねっ」
「だからそういうのはいいって言ってるだろ……」
「ふふっ」


ありがとうと伝えたのに聞こえないふりをする辺り二人らしいというか、なんというか。笑みの戻った表情に死柄木の目が細められる。荼毘はなまえがいないとわかったときの死柄木の行動の速さを思い出し、いつばらしてやろうかとほくそ笑んだ。



にびいろをうしなっても



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