ノックもなくなまえにあてがわれた部屋のドアが開くのはいつものことだった。ベッドの上でヒーローノートにメモをしていたなまえは、開閉の音に反応し顔を上げるとにこりと微笑んだ。


「ノックはしようね弔くん」
「いいだろ、別に」
「ふふ」


ノックもなしに入ってきたのは死柄木だった。無言で歩いてきた死柄木は、なまえの隣に膝がくっつくくらいの距離で腰かけてくる。ギシ……というベッドのスプリングの音と同時にノートを奪われ床に落とされてしまった。


「あああ私の分析ノートが……」
「なまえ」
「えっ弔くんちょっと」


ぐいっと腕を引かれたかと思えば次の瞬間には死柄木に抱きとめられた。肩を抱いている手は逃がさないとでも言いたげに力が込められている。痛くない程度の力加減を肩に感じつつ、仕方ないなとなまえは死柄木の背中に腕を回した。


「これじゃ弔くんの顔見えないよ」
「見えなくていい……しばらくこのままで」
「もう……」


何もできないなと抱きしめられながらなまえは笑みを浮かべる。死柄木に抱きしめられるのは嫌いじゃない。むしろ相手の鼓動がよく聞けて安心する。ふふふとずっと笑っているなまえに死柄木は眉をひそめた。


「……笑うな」
「だって弔くん甘えただから、かわいくて」
「かわいくない」


髪の毛がぐしゃぐしゃにされてきゃーと悲鳴を上げる。ほぼ棒読みでふざけた悲鳴に死柄木は小さくため息をついた。


「今日は何してた」
「何って……いつもみたいにヒーローについて色々と。今日は今まで調べたやつを頑張ってまとめてたんだけど、やっぱりまとめ方変えたほうがいいかな……弔くんたちが見たときに見やすいものにしようとは思ってるんだけど、如何せんペンの種類が……」


ブツブツと死柄木に寄り添いながら呟く姿は軽くホラーだ。ペンくらい黒霧にぼやけば即日用意してくれそうなものだが。


「今のままでいいだろ。ごちゃごちゃしてなくて読みやすい」
「ほ、ほんと……?」
「……もう言わないぞ」
「えっ言わないの……!?」


バッと少し離れるとなまえは死柄木を見上げた。いつも顔につけられた手はなく、死柄木の表情がよくわかる。それでも髪の毛が邪魔をして目元が隠れてしまっていた。


「髪切らないの?」
「ノートの話じゃないのか……唐突すぎだろ……」
「目、よく見えないから……」
「目……?」
「うん。弔くんの目、好きなのに」


いつだって自分を映してくれる瞳が大好きなのに。右手の指で死柄木の前髪を上にやり視線を絡ませる。思ったより顔を近づけてしまっていたようでなまえはそっと目を逸らした。


「……俺は、なまえの全部がいい」
「へ……んっ」


死柄木はなまえの顎に手を添えると突然唇を押しつけた。驚いて開けてしまった口内に舌が侵入してくる。逃れようと胸板を押したが無意味に終わった。乾燥してカサカサだった死柄木の唇が湿っていく。


「とむ……ら、くっ……んむ」
「はっ……」


くちゅりと舌が絡み合い、あまりに長いキスに頭がボーッとしてきた。胸板を押していた手はいつの間にか服を握りしめていてこれではまるで縋っているみたいだ。弔くん、弔くんと心の中で何度も名前を呼ぶ。どちらのかもわからない涎が顎を伝って唇が離れていった。


「っ、き、急にするなんてひどい……」
「なんで。……俺はなまえさえいればいいって伝えただけだ」
「え、あ……み、見ないで」


以前死柄木はコンプレスに「目は口ほどに物を言う」と言われていたが、実際その通りだ。死柄木の目にはなまえへの愛慕しか浮かんでいない。いつも死柄木は言葉ではなく態度で愛を伝えてくる。だから今日のように褒められたり自分がいればいいと真正面から来られるのは慣れていないのだ。またぎゅうと抱きしめられて何も言えなくなってしまった。


「私のこと好きだよね……弔くん」
「好きだ……ずっと、おまえだけ……なまえが傍にいれば他は全部どうでもいいんだよ、俺は」


照れてしまえばいいと放った言葉にそう返されなまえは顔を埋める。死柄木はしばらく顔を上げられなかったなまえを離すことなく抱きしめ続けていた。



羽根に結んだリボン



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