「なまえちゃんぎゅう」
「わっ! び……、っくりした……ヒミコちゃん」
「弔くんがそばにいなくて不安そうななまえちゃんを慰めにきました」
「え? ……ふふ、ありがとう」


どこかに出かけているのか死柄木が不在な中、なまえは落ちつきなくずっとそわそわしていた。死柄木が隣にいないとすぐにこれだ。もちろん少しならば大人しく待っていられるのだが、慣れとは恐ろしいものである。


「なまえちゃん、もし弔くんが別行動しようなんて言ったらどうするんですか?」
「が、我慢できるよ? 今日は、起きたらいなかったから……早く帰ってこないかなあって」
「お熱いことで」
「コンプレスさん!?」


そんなんじゃないですと否定をしても酒の入ったグラスを傾けたコンプレスは聞く耳を持たない。本当にそんなんじゃないのにという言葉は我慢して口の中で転がした。何を言っても聞いてくれないことがわかっていたためである。なまえが一人どうしたらわかってくれるだろうと悶々としていれば、扉の開く音が耳に入り視線を向けた。


「あっ弔くん……! おかえりなさいっ」


なまえは悩んでいたことを一瞬で忘れて、フードを乱雑に上げて帰宅する死柄木の元へ駆ける。死柄木は何も言わずになまえを一瞥してコートを脱ぐとポイと投げた。すかさずキャッチしたなまえはかけてくるねと自分の部屋へ向かう。後ろを追う死柄木に、始終を眺めていたトゥワイスはグッと親指を立てた。


「お熱いな!!」


コンプレスはうんうんと頷き、去っていく二人を見ながら残った酒を飲み干した。

なまえはハンガーにコートをかけるとベッドに腰かけた死柄木へ近づく。緊張した面持ちで様子を窺っていると死柄木が小さく息を吐いた。それを合図にするかのようになまえははにかみながら死柄木の膝へダイブし頭を乗せる。さすがに勢いが強かったのかイラついた死柄木に強めにこめかみ辺りを攻撃された。


「いたい……酷いよ弔くん」
「こっちの台詞だ……次はない」
「前回も同じことやって弔くんに同じこと言われた記憶があるんだけど……」
「頭潰せば記憶なくなるだろ」
「弔くん自分が冗談下手くそだって気づいてね!」


これが死柄木の膝上で行われている会話だと思うとシュールだがいつからか二人の距離感はぐっと近づいていた。特別な出来事があったわけでもないし、お互いに何か言ったわけでもない。ただ依存傾向にあった二人がこうなるのも、ある意味必然なのかもしれなかった。両者共に依存していることになんて微塵も気づいていないだろうが。


「弔くん、いなくなるならせめて一言ほしいよ。今度からちょうだい」
「言った。寝ぼけてたから忘れただけだろ」
「え。言ってくれてたの……? ご、ごめん」


わざわざ起こして伝えてくれたというのに忘れてしまっていたらしい。死柄木はそんなことどうでもいいとなまえの額を押さえた。不思議に思い見上げていれば死柄木は何も言わず唇を軽く重ねる。なまえはそれにクスクス笑いながらも受け入れて額を押さえ続ける死柄木の手に自分の手を添えた。


「唇カサカサしてるよ。リップ貸してあげる」
「ん」
「!? なんで今唇舐めたのっ」
「このほうが手っ取り早い」


同じことをしろ、ということか。なまえは唸りそうになりながらも死柄木の膝から起き上がりぺろりと控えめに舐める。なんだこれは、キスよりも恥ずかしい。


「おい、足りない」
「こ、これ以上は無理」


顔を背けようとすると今度は後頭部を押さえられてしまった。逃げられないとなまえが死柄木を見上げればそれはそれは楽しそうに笑っている。ご機嫌なのは嬉しいことだが本当に性格が悪い。


「うう……弔くん」
「……はやく」
「わ、わかったから……っ」


なまえも死柄木も、頑なに自分らの関係を恋人同士だと決して言わない。二人にはこの距離感が当たり前だと思っているし、この先も誰かに強く言われなければ普通でないことに気づけないだろう。


「あと一回だけでいい……?」
「あと一回したら考える」
「本当に恥ずかしいのに……っ!」


付き合ってはいない。しかしすることは恋人のもの。歪な関係ではあるがそれで二人が幸せなら良いのだろう。なまえも死柄木も、きっと幸せだと思っている。



言葉にしようとするから悪い



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