一度抱き潰したらなまえに子どもができた。

なまえが体調不良を訴え始め、それを聞いた先生が医者に診せたほうがいいと助言をくれた。言われた通り闇医者に診せてそいつが言ったのは「孕んでるな」の一言だった。


「そうか」


俺もただ一言だけ返して、医者を帰らせる。この日を境になまえは部屋から出ることが少なくなった。







「おい。入るぞ」
「っ、あ、え! ま、待って!」


しばらくして顔を合わすことが少なくなったことに我慢できなくなった俺は、いつものようになまえの部屋をノックなしに開け放った。酷く慌てていたなと思いながら布団に包まるなまえの元へ歩み寄り、被っていた布団をバサリと奪う。そして俺は大きく目を見開いた。まさかなまえが泣いているとは想像もしていなかったのだ。


「……まだ気持ち悪いのか?」
「へ、平気……! その、あくびのしすぎで」
「下手くそ」


抑揚のない声で嘘を見破ればぐっと言葉を詰まらせなまえは俯いた。まだ目を潤ませていたからなまえと名前を呼んで顔を上げさせる。気分が悪いわけじゃないことはわかったが。


「なんだ。言いたいことあるなら言えばいいだろ」


俺は察せないぞ、と告げるとなまえは無意識なのかお腹を撫でた。憶測だが「子どもか」と口を開くとなまえはびくりと肩を震わせる。


「私、あの」


みるみるうちに青ざめてぎゅっと目を瞑ったなまえの顔が初めて会った廃工場での泣き顔と重なった。まるで味方なんていないとでも言いたげな一人ぼっちの顔。俺はらしくないと自覚しつつもベッドに縮こまるなまえを抱きしめてやった。本当になんで泣いてるのがわからない。情緒不安定なのだろうか。


「弔くん……私、この子産みたいの……っ育てたいの、だから……」
「そうだな。産まれても黒霧以外に面倒を任せるなよ。他の奴らは何かしらやらかすのが目に見えてる」
「……え?」
「ああ?」


なまえは泣き顔から一転して呆けた表情で俺を見つめた。ひょっとして任せるつもりでいたのかと尋ねるが俺の声が届いていないのか瞬きを繰り返すのをやめない。


「私、産んでいいの?」


ようやく我に返ったなまえが発した言葉に俺は静かに青筋を立てた。俺がいつ産むなと言ったのかと過去の記憶を遡るが、そんなことを言うはずもないためにすぐにやめる。なまえは俺が怒っているとわかるとだ、だってと困った様子でまくし立てた。


「赤ちゃんできたって医者に言われたとき、そうかってだけで……! 弔くん嬉しそうじゃなかったから、産むなってことなのかなって……い、いつ産むなっていう話が来るのか、すごく……すごく不安でっ」
「――もういい。もう、わかった」


そう言われてみれば、確かに身ごもったというなまえに対して自分は何かしら言葉をかけただろうか。当たり前のことではあるが俺は抱いた女はなまえが初めてであったし、子どもができたなんてのも今回が初めてだ。かけるべき言葉やするべきことなんて俺にはわからないし、調べようともしなかった。嬉しい嬉しくないで聞かれれば嬉しいのだと思う。だが実感がなかった。言い訳を口にしたところでなまえの表情が晴れることなんてないというのに、よくもまあポンポンと出てくるものだ。


「ほしくなかったらそもそも抱かないだろ。産んでいいから、泣きやめ」


自分の口は本当に捻くれていると思う。悪かったの一言も出なかったが、どうやらなまえは産んでいいの言葉に安心したらしくやっと笑みを零した。


「勝手に産んじゃだめって決めつけて落ち込んだ私が悪いの。ごめんね」
「……なまえおまえ、今回ばかりは俺を責めていいところだぞ」
「いいの。……ねえ弔くん」


なまえが俺の背中に腕を回したのを感じて無言で抱きしめ返す。


「私のこと好き? 子どものことちゃんと愛せる?」
「他のガキとなまえの子どもは別に決まってるだろ」
「えへへ」


つまり私のことも好きってことだよね、と呟きながら嬉しそうに俺に抱きつく力を強めた。そんななまえに適当に返事をして、せめて行動には出そうと体を離して額に唇を落とす。きょとんとしたなまえだったが一瞬で目を輝かせて俺の名前を呼ぶ姿を見て二度とやるかと誓った。次にするときはそんな余裕もなくなるように唇同士にしよう。

次の日からなまえは部屋に閉じこもることはなくなった。……ところで、先生は子どもの育て方について詳しかったりするのだろうか。



露光の夜を綴じ



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