「なまえちゃんって、あれ。なんかつい構いたくなっちゃう雰囲気あるわよね」
「え?」


メリッサに案内されたアカデミーにある研究室。オールマイトを参考にして作ったという右手首につけられたフルガントレットを眺めていたなまえは、メリッサの言葉に顔を上げた。突然のことにきょとんとする他なく、その姿にメリッサがくすりと微笑む。


「お茶子さんたちがなまえちゃんのこと好きな理由、会ったばかりの私でもわかるもの」
「メリッサさん、そんなっ私は」
「慌てるところもかわいいと思う」
「え、ええ……」


こ、これは何を言っても無駄なやつだ……。なまえはパタパタと熱い頬を仰ぎ俯く。


「こんなにかわいい子放っておけないものね。あ、なまえちゃん、付き合ってる男の子っているの?」


気になったから聞いてみようというトーンだった。このとき秘密とかいないよとか、すぐに答えられればメリッサがニヤニヤすることはなかっただろう。固まってしまったなまえを見るとメリッサは人差し指でツンツンと肩を突いた。


「いるんだー。へー?」
「わ、私のことはいいですよ……!」
「どんな子? さっきカフェでバイトしてた二人のどっちかとか?」
「違います……! というか、別に付き合ってるわけじゃなくてっ」
「付き合ってないってことは好きな子はいるんだ」
「好き、というか……」
「?」


黙り込んでしまったなまえにメリッサもからかうのをやめて口を閉じた。「好きって言ってくれたんですけど、保留……みたいにしちゃってて」言いづらそうに呟くなまえに思わず口元に手を当てたメリッサ。


「なまえちゃんおあずけしちゃってるんだ」
「おあ……!? いや、そう、なんですかね」
「まあ、でも相手が待ってくれてるならゆっくり考えればいいと思うなあ。人を恋愛感情で好きになるって素敵なことだと思うもの」
「メリッサさん……」


優しく目を細めるメリッサにお礼を伝える。なんだか恋愛相談になってしまったと、恥ずかしさから意味もなくフルガントレットのベルトを触り心を落ち着かせようとした。しかしメリッサとしてはまだ話し足りないようで喜々とした表情を浮かべると「ところで相手ってーー」と続ける。この話題から逃げたいと思ったなまえが困っていると携帯が鳴った。よかったと安堵して携帯を確認すれば着信だったようで、通話にした途端聞こえてきたのは飯田の怒号だった。集合時間はとっくに過ぎてしまっているとのことだ。青ざめたなまえは一言謝罪し、電話の内容が耳に届いていた様子のメリッサと別れた。


「相手、聞きそびれちゃった」


慌てた様子で去っていったなまえを思い出しながらメリッサも準備を始める。いくら研究熱心少女と言えどメリッサも女の子。恋バナは好きだ。パーティー後にでもゆっくりと話の続きを聞こうとドレスを片手に口元を緩めた。







「ごめんね! 遅くなっちゃった!」
「女子で来たのはなまえくんが最初だな! 遅刻だぞ!」
「他の人もまだ来てないんだね。……? どうしたの上鳴くん、峰田くんも」


パタパタとロビーに遅れてやって来たなまえは辺りを見渡し自分が最後でないことを知った。何やら熱烈に視線を送ってくる上鳴と峰田に気づき尋ねるも、二人は顔を覆ってあああと奇声を発するばかりで答えてくれそうにはない。指の隙間からこちらを見てくるのが気になるが悪い意味ではないだろう。なまえは苦笑したあとでもう一つの視線に目をやった。


「轟くん……?」


ヒーローコスチュームから正装に着替えた轟がじっと穴が開きそうなほど見つめてくる。かっこいいな、と率直にそう思った。見慣れない正装は彼の容姿の良さがよくわかる。なまえがぼーっとしているといつの間にか轟が目の前に来ていたようで慌てて姿勢を正した。


「と、轟くん? あの」
「似合ってる、ドレス」
「へっ」


肩が跳ね、一瞬瞬きを忘れた。シンプルな赤のドレスを褒められ思わず頬を押さえる。もちろん触った頬は尋常じゃないほどに熱くなっていて、何か話そうとは思っていても口をもごもごと動かすことしかできない。絞り出した「轟、くんも、似合ってるよ」という声は彼に届いただろうか。蚊の鳴くような声にも反応してありがとうと伝えてくれる轟はなまえのことが好きだという。未だに信じられないと思う反面早く返事をしたい気持ちもある。しかしメリッサにゆっくり考えたらいいと助言され心が軽くなったのも確かだ。だが轟の気が変わる前に心を通じ合わせたい。気持ちの整理ももうすぐでつきそうだ。そうしたら、彼に伝えてしまおう。


「それ」
「え? ……あ、髪飾りのこと?」


ふいに轟が顔より少し高い位置を指差した。目線を追うとアクセサリーとしてつけた白い花の髪飾りのことだったらしい。轟は特に表情を変えることなくまるでと続ける。


「俺みてえ」


そのあとドレスの色もと付け足されようやく意味を理解した。やっと顔の赤みが引いたであろうときになんて爆弾を落としてくれたのだ。色なんて完全に無意識だったが、そんなふうに言われてしまったら意識するしかないじゃないか。


「ごめん、遅刻してもーたぁ」


なまえがきゅっと口を結び耐えていると、大胆でかわいらしいドレスの麗日が登場し上鳴と峰田が更に元気になった。時間厳守だぞと注意する飯田に謝罪しつつ、麗日はなまえを見つけると嬉しそうに駆けてくる。


「わあなまえちゃんかわいー! 髪飾り似てるね!」
「う、うららかさん」
「顔あか! どしたん!? いや理由はなんとなくわかるけど!」
「俺が――」
「麗日さんのはお花がリボンになってるんだねっ!?」


轟の言葉を慌てて遮るとその必死さに麗日が笑った。

続けて八百万と耳郎も到着し、メリッサも最後にこちらへ駆けてくる。メリッサはふとなまえと麗日、そして轟の姿を見つけ察した。


「なるほど」


聞かずとも相手はわかった。なまえ自身が気づいているかは定かではないが、轟が見つめているときの目に恋慕が隠しきれていない。メリッサは上鳴、峰田と目を合わせなまえと轟を交互に指差す。こくこく頷いたために予想は外れていなかったらしい。きっと二人がくっつくのはそう遠くないだろうとメリッサは小さく微笑む。同じくなまえの目を見ればメリッサでなくとも思うことは一緒のはずだ。


潜性のビオトープ



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