女の子と話すだけで喜んでいた僕がまさか女の子と付き合うことになるとは夢にも思わなかった。しかも相手はクラスメイトの轟なまえちゃん。体育祭直後から会話が増えてお付き合いできることとなった。しかし、ここで大きな問題に直面する。


「だから――緑谷……聞いてる?」
「うん!?」
「……ふふっ声裏返ってるよ緑谷」
「ごごごごめん……っ!」


手を握ったり、キ……っキス、したりとか、そういうタイミングが全くわからないのだ……!! なまえちゃんと付き合えただけで奇跡だというのにそれ以上のことを、だなんて……考えただけで恥ずかしい。今は本当に隣同士で歩くだけで精一杯だ。


「まだ私と話すの緊張するの?」
「うん……なまえちゃんと僕が付き合ってるの、正直まだ信じられなくて」
「……私緑谷が轟さんじゃなくてなまえちゃんって呼んでくれるの、嬉しいよ」
「えっ」


なまえちゃんの左右で色の違う髪の毛がさらりと揺れる。僕が彼女を轟さんではなくなまえちゃんと呼び始めたのはつい最近のことだ。最初は蛙吹さんのときのようにどもってしまい言えなかった名前をようやく言えるようになった。じっと透き通るようななまえちゃんの瞳が僕を見続けている。綺麗に微笑んだなまえちゃんは言葉を紡いでいった。


「呼び方ひとつでこんなに嬉しくなるなんて思わなかった。緑谷だから嬉しくなる」
「っ……」
「まだ私と付き合ってるって信じられない? ……いずく」
「とてもっすごく付き合ってます……!!」
「……変な言葉」


なまえちゃんが笑ってくれると心が温かくなる。名前呼び……たしかに呼び方ひとつで気分が舞い上がった。なまえちゃんの笑い顔と名前呼びで胸が締め付けられて深呼吸を繰り返す。落ちつけ僕……、あれ、でももしかして。ふと僕はあることを思いついた。この舞い上がった気分のままなら……。そう思ってバクバクと鳴る心臓の音を聞きながら右手をすっと伸ばした。


「! ……み、どり、や」


ぎゅうっとなまえちゃんの左手を握ったあとではっと我に返った。一気に手汗が冷や汗と一緒にぶわっと出て目が泳ぐ。これはやってしまったやつだろう。タイミングがわからないとか言いつつその場のテンションでこういうことをする奴なのだ、僕は。ごめん! と謝りながら手を離そうとすると、それより先になまえちゃんのもう片方の手が僕の手に重なった。


「っなまえちゃ――」
「……今日はこのまま帰ろう、緑谷」


俯いていてなまえちゃんの表情は見えない。だけど声が震えていて緊張しているのがわかる。女の子にこんな勇気を出させてしまって情けない。僕は空いている手で胸の辺りをどんっと強く叩いた。強く叩きすぎてしまったようでゴホゴホと咳き込む僕にぎょっとしたなまえちゃんが背中をさすってくれる。て……手が離れてしまった……。


「なまえちゃん……手を、繋いで……いいでしゅ、ですか」
「……ふっ、」
「あぁああ……っ、忘れて……!」


大事なところで噛んだぞ僕……!! なんだかもう吹っ切れてしまって離れてしまっていたなまえちゃんの手を握る。少しばかり見つめ合いお互い何もしゃべらぬまま歩みを再開させた。会話こそなかったが繋がれた手につい頬が緩む。少しずつではあるけれど、こうやって一歩ずつ恋人としてうまくやっていけたらいいな、なんて。なまえちゃんも同じことを思ってくれているのなら、それ以上に幸せなことなんてないだろう。



泡々のこの指とまれ



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