「なあなまえ」
「ん」
「ちょっといいか。こっち」
「? いいよ」


雄英高校を卒業してプロヒーローとなり、同棲して数か月。リビングで切島に手招きされ、なまえはソファに座っている彼の隣へ自分も腰かけた。何やら深刻な表情で俯いていて思わずなまえも眉をひそめる。


「俺たちさ、もう付き合って結構経つよな」
「そうだね」
「……おう」


そこから口を閉ざしてしまった切島になまえは急かすことなく次の言葉を待つ。なまえのこういうところが好きだとよく切島が言ってくれたのを思い出す。無理して話す必要はないという気持ちから無意識にやっていることなので褒められるとむず痒い。その話は置いておくとして。一分ほどだんまりしていた切島がふーっと息を吐いて勢いよくこちらを見つめてきた。突然のことに驚いて「お」と声が出る。


「今日はいい! また今度な!」
「……そっか」


その日は結局切島が話の続きを口にすることはなかった。寝るときになって少し落ちついたためかなまえは心配になる。まさかあのとき持ち出そうとしたのは別れ話ではないか、と。だが関係が上手くいってないわけではないし、お互い浮気の気配すら見せていない。でも、もしかしたら。一人の男性に心を振り回される日がくるだなんて昔の自分に見せたら卒倒しそうだ。大丈夫大丈夫と何度も唱えながら夜は眠った。

そんなことがあった日から数週間が経った。今日は切島に飯外で食べねえ? と誘われ楽しみにしていた日だ。外食は久しぶりである。しかし店名までは聞いておらずどこに行くのか気になった。自分より遅く帰ってきた切島におかえりと駆け寄る。


「ただいま。なまえ、正装だ!」
「……戦争?」
「正装な!?」


どうやらすごいところに行くようだ。







「美味いか……?」
「……うん。どれもおいしいよ」
「あーよかった……口に合わなかったらどうしよっかなって思ってたんだよ」
「切島、自分の分のお金は払うから」
「いいって! こういうときくらいかっこつかせろって、な?」


切島はいつもかっこいいのに。おしゃれをしてドレスも着て、なまえの姿は誰が見ても満点をつけるだろう。しかし現在なまえが気になっているのはどれも高いものばかりの料理にシャンパン。切島が連れてきてくれたのは高級レストランだった。自分の父親に付き合わされたのならば値段など気にせず食べるが、大好きな人となれば話は変わる。緑谷や麗日たちと集まるとよく連れていってくれるファミレスとは訳が違うのだ。さすがにここの会計を全て切島任せというのは気持ち的に嫌だ。財布を出して一万円札を数枚取り出そうとするが切島に本気で止められる。悩みに悩んで負けることにした。ありがとうと言えばそれはそれは嬉しそうに笑ってくれたので良しとしよう。今度違う形で返せばいいのだ。財布をしまってシャンパンが注がれたグラスを持ち上げ一口飲む。美味しい……と息を吐くと何やら緊張した様子の切島が視界に映りなまえはグラスを置いた。


「切島……?」
「……なまえ」
「?」


突如ガタッと席を立った切島になまえは目を丸くする。自分の横まで移動したきたため何事かと内心少し慌てた。切島は片膝をつくと目の下を赤くさせながらポケットから小さなケースを取り出す。ただそれだけのことに息が止まった。切島、と名前を呼ぶ声が震えている。胸の前でぎゅうっと手に握り締めるのとほぼ同時に切島はしっかりとした口調で言った。


「なまえ、結婚してくれ」


あと二度三度瞬きをしたら涙が零れるのは間違いない。指輪の入ったリングケースと未だ緊張の取れていない表情の切島を交互に見ながら「うん」と返事をする。頬に何かが伝ったのを感じて零れてしまったなと頭のどこか冷静な部分で思った。レストラン内が店員客問わずわっと盛り上がり、なまえ以外全員プロポーズを知っていたことを察する。店員には切島が、客には店員が前もって伝えておいたのだろう。


「この間リビングで深刻な顔してたときから、いつか別れ話持ちかけられるんじゃないかって思ってた」
「え!? わ、悪ぃ……いや、ごめん……あのときもプロポーズしようとしてたんだけど、せっかくならこういう思い出に残るものにしたくてよ」


なるほど、切島らしい。ふっと笑って左手を出すと切島が薬指に指輪をつけてくれる。涙を拭ってありがとうと微笑む。こんなに幸せでいいのだろうかと左手の薬指を見つめた。


「なまえ」
「……ん」
「大切にする……絶対に」


今だって十分というくらい大切にされている。左手を取り指輪の上からキスをする切島になまえが目を細めていたのをその場にいた者が見ていた。しばらくして、身内や知人だけを集めた結婚式を開いたことがテレビで放送されたという。



どうかあなたの神様にしてください



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