*モブ♂視点


「そわそわすんな気持ち悪ィ」
「ごめん。ワンピース着なれなくて。制服以外じゃズボンばかりだから……似合ってる?」
「俺が似合ってるとか言う男だと思ってんのか」
「うん」
「っせえ似合ってるわ!!」
「ありがとう。着てよかった」


絶対見ちゃいけないもの見てる。あれもしかしてあそこにいるのって轟なまえと爆豪勝己じゃね? お互い私服で肩を並べて歩く姿を見つけたときは有名人見ちゃったくらいにしか思わなかった。雄英生は有名人みたいなもんだ。きっとあのとき二人のことを放ってどこか歩いていっていれば今こんな信じられないものを見なくても済んだのだろう。轟さんと爆豪、あれ絶対付き合ってるんだが。


「なまえ、ほら手出せ」
「なんで」
「お前絶対迷子になんだろーが」
「手繋いでくれるの……? 嬉しい……」
「ちっげーわ!」


あっ違うのに繋ぐんだな。テレビで雄英体育祭を見て密かに轟さんを恋愛的な意味で思っていた俺にこの光景はきつい。炎を纏った轟さん――心の中でくらいなまえさんでもいいか……彼女、きれいだったなあ……。氷ももちろんなまえさんに似合ってきれいだったけれど。というかなまえさんならなんでも似合う。着ている淡い水色のワンピースだってなまえさんを一段と引き立てているし。ああ本当にきれいだななまえさん……でも爆豪と付き合ってるんだよな。


「あっ」
「っ!」


見てみれば特に段差もないところで躓いてしまったらしいなまえさん。爆豪と手を繋いでいなかったらおそらく危なかっただろう。


「バカが、サンダルなんか履いてっからだろ」
「麗日とか芦戸とかが選んでくれたから……滅多に履けないし……爆豪にかわいいって思ってもらいたかった」
「………」
「あ……爆豪、助かった。ありがとう」
「そんなもん履いてなくてもいつもかわいいわ死ね!」
「死んだら爆豪とデートできない……」
「殺すぞ……!」


……爆豪に同情するしかない。天然美人怖え……。合掌しようとしたがなんとか耐えた。


「……ひっ」


脈絡もなく突然悲鳴を上げたのは俺だが、もう察している人もいるだろう。爆豪に、見つかった。しがないモブ男が二人のデートをじろじろこそこそつけ回っていたことがバレた。泣く子も黙るほどの睨みでめっちゃガンを飛ばされているところを見るに最初からバレていた可能性もあるなこれ……。あの顔ヒーロー志望がしていい顔じゃねえ……!


「……逃げよ」


走って走って走りまくる……前に最後はなまえさんの顔を瞼の裏まで焼きつけた。……よしオッケー、今度こそ逃げよう。殺される。幸せになれやリア充が……! 一言も話したことはないけど好きだった子の彼氏をもう会うこともないだろうと睨み返してから逃げる。さよならなまえさん、初恋の人……っ! こうして俺の記憶に本物のなまえさんを拝めた嬉しさと彼女に彼氏がいた悲しみが植え付けられたのだった。ひとまずマジで逃げなきゃやばい。このあとめちゃくちゃダッシュした。


「ちっ……」
「……? 視線がなくなった」
「あ?」
「ずっと誰かに見られてた気がしたんだけど……なくなった……気のせいだったのかな」
「はっ、自意識過剰かよ」
「過剰……」
「どうでもいいこと考えんな。今日楽しみにしてたんじゃねえのかよ」
「! してた……そうだね。爆豪、お腹空いた」
「腹いっぱい食わせてやるわ」
「うん」



ふたりという機能不全



戻る