*爆豪とは結婚してる
どうにも最近熱っぽい。なまえは小さく息を吐いて家事の手を止め、少し休憩しようと椅子に腰かけた。それに昨日はよく眠ったはずなのに眠気が酷い。腕の中に顔を隠して目を瞑りこのまま寝てしまおうかと考える。そのときテーブルに置きっぱなしにしていたスマホが着信音を響かせた。顔を上げて確認すれば"麗日お茶子"と表示されている。かつての級友で自分と同じくプロヒーローで活躍する人物だ。通話を開始すると、どうしたのと尋ねた自分の声が辛そうに聞こえたのか麗日は電話越しでもわかるほどぎょっとしていた。
「どしたん!? 久しぶりに電話したいなって思ったんだけど……大丈夫? もしかして風邪?」
「いや、大丈夫だよ。……最近ちょっと熱っぽいのが続いてて。それだけ」
「ええ……普通に風邪なんじゃ……。熱っぽいだけ? なまえちゃんが風邪とか心配だよ……」
きっと麗日は今眉を八の字にしているだろう。いい友人を持ったなとなまえはふっと笑う。
「……まあ、胃がむかむかしたり」
「うん」
「あとは関係ないかもしれないけど熱のせいかずっと眠かったり……」
「うん?」
「あ……色んなにおい、最近ちょっとダメ。気持ち悪くなって……」
「うん!?」
「麗日?」
電話からミシッと音が聞こえた気がしたが、気のせいだろうか。しばらく黙っていると言いづらそうに近くに爆豪はいないか確かめられる。ちょうど今は外出中だということを伝えると麗日は言葉を続けた。
「……最近女の子の日、きた?」
一応妊娠検査薬試してみたらと麗日は続ける。なまえはスマホを握りしめたまましばらく放心状態となってしまった。そして。
「お、おかえり……」
爆豪は外出から帰ってきてすぐなまえのおかしさに気づいた。何やら挙動不審でこちらと目を合わせようとしない。こんなにも彼女が挙動不審なことはあっただろうか。珍しいと思いつつも理由を尋ねるが、口を開閉するばかりで音にはならない。
「……言いたくねえならいい。てかなまえ。風邪治ったんか」
「えっ……気づいてたの?」
「あ? んな毎日辛そうにしてたら気づくわ」
瞬きを繰り返したなまえがそう……と俯く。するとなまえは意を決したような表情で前の椅子に座るよう爆豪にお願いした。急になんだと言いながらも素直に座る辺り爆豪も昔に比べれば成長した。爆豪本人でさえ思っている。
「……なんて言えば、いいのか」
「?」
「勝己……父親になるよ……って、言えばわかる……?」
「……は」
顔を赤くしつつも爆豪から視線を逸らさず最後まで告げた。周囲の音が消え去り、なまえの透き通るような声だけが爆豪の鼓膜に届く。まさか、いや、だけど。
「……麗日と電話してたら妊娠検査薬勧められて……陽性だった」
「……なまえ」
「一緒に育ててくれる?」
一瞬だけ、なまえが産んでもいいかと口パクしたのを爆豪は見逃さなかった。バカな女だと爆豪は思う。同時に愛おしいとも思った。子がほしくなかったのなら避妊はかかさないし、自分の性格上普段から口にしている。今の席を立ち、なまえの隣の椅子に移動した。ほんの少しだけ不安そうにこちらを見るなまえを思わず抱きしめる。いいに決まっているのに。
「……ありがとな」
爆豪はそれだけ言うと腕の力を込めてなまえをさらに強く抱きしめる。なまえが苦しくない絶妙な力加減で。そのお礼が爆豪の返事だとわかったなまえは目の前が少しずつぼやけ始める。体調不良のことは隠していたつもりだったのに見破られていて、きっと妊娠のことだっていつかはバレるのだろうと察した。だから勇気を出して自分の口から告げて、受け入れてもらって。新しい命が宿ったお腹を片手でさすりながら、爆豪にしがみつく。好きになったのがこの人でよかったと、お互いが思いあう。口にはしないがおそらく伝わっているだろう。この先の幸せな未来を夢見てなまえと爆豪は静かに目を閉じた。
穏やかな魔法
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