*プロヒーロー軸


「ガーデン、ウェディング……?」
「ええ」


パンフレットを片手ににこやかに微笑みかける蛙吹は、それはそれは楽しそうに身を乗り出す。こんな興奮した蛙吹は珍しい。なまえも笑みを返しつつ蛙吹を落ち着かせるべく着席を促す。照れたように座り直す蛙吹は、これまた珍しく言葉を詰まらせながら手元のパンフレットを開いた。


「あの、ね。ずっと誘おうとは思ってたのよ。なまえちゃんはお互いプロヒーローだし、日程の都合を考えて式を断ったでしょう?」
「え、う、うん」
「でもせっかくだもの。私はなまえちゃんと一生の思い出が残る結婚式がしたい。私たちは幸せなんだって、ちゃんとみんなに伝えたい」
「梅雨ちゃん……」


目の下を赤くさせながらいつの間にか繋がれていた蛙吹の手に、自分の手を重ねる。なまえだって別に式をしたくないわけではなかった。だが蛙吹が言っていた日程のこともあるし、式をせずとも彼女が隣にいてくれる事実だけで満足していたのだ。しかし改めて言われてみると、たしかに式は一生の思い出となるだろう。蛙吹との、生涯消えることのない思い出。それは、なんて素敵なことだろうか。


「……うん。私も、したいな。梅雨ちゃんと、結婚式」
「――ふふ、ありがとう」


安堵したように胸を撫で下ろす蛙吹に、緊張しつつも提案してくれたのだと心が温かくなる。パンフレットをパラパラとめくると、どうやらガーデンウェディングというのはかしこまった結婚式とは違い、結構自由に式が挙げられるようだ。なるほど、たしかに自分たちにぴったりな式になりそうである。


「私と梅雨ちゃんの両親は絶対呼ぶとして……デクくんたち――は、忙しいよねえ」


頭に浮かぶのは、高校時代苦楽を共にした最高のクラスメイトたち。だが全員の都合を合わせるとなるとさすがに厳しいだろう。ドレスとかもできれば着たいな、あとお休みあわせなきゃ、などなまえがわくわくしながら蛙吹へ視線を向けると、彼女はスマホを片手ににこにこと笑っていた。画面をこちらに見せているため、見ていいということだろう。画面をそっと覗き込めば、それは自分の知らないグループラインで。


『来月の第三木曜日、愛するなまえちゃんとガーデンウェディングを決行予定』
『『『了解』』』


え。なんだこれ。

思わず虚無顔になってしまったなまえは首を傾げる。ゆっくりとスクロールすれば、蛙吹のメッセージに返事をしているのは元A組のみんなで間違いない。何度か見返して深呼吸を繰り返す。うん。なんだこれ。


「緊張はしたけれど、断られる心配はなかったから、なまえちゃんのサイドキックたちには話を通して休みにしてあるの」
「え」
「A組のみんなも、最初から最後までは難しい人たちもいるかもしれないけれど、極力参加したいそうよ。何がなんでも休みにするって意気込んでる人もいるわ」
「そ、そうなんや……」


土日や祝日よりは平日のほうが事件件数も少ない。前もって休みの申請をしていればほとんどはサイドキックたちがなんとかしてくれるはずだ。この調子ならば両親への都合もすでに聞いているのだろう。サプライズよ、とお茶目に微笑んでみせた蛙吹に、心臓が口から出そうだったよと苦笑を返した。


「……楽しみね、すごく」


目を伏せた蛙吹が心の底から幸せだとでも言いたげに呟く。話を聞いたなまえよりも本当に楽しみにしてくれているのだろう彼女にくすりと笑みをこぼし、再度パンフレットに目を通した。絶対に素敵な式になる。そんな確信があった。

ちなみにこのあとすぐにグループにはなまえも参加され、お祝いのメッセージが何件も送られ爆破の男が「まだはえーだろうが!! 当日に言えや!」とのぶち切れにより終了されたという。







季節は夏。しばらく目を閉じていたなまえは、メイク担当の「はい、開けていいですよ」という声に反応し、ゆっくりと瞼を上げた。鏡の前にいたのはメイクにより更に垢抜けた自分がいて、なまえは感嘆の息を吐く。め、メイクってすごい。


「とてもお似合いですよ。お相手さまもきっと驚かれますね」
「え、へへ。ありがとうございます」
「いいえ。ご結婚おめでとうございます」
「! ……はい」


またお礼を口にして、なまえは先にスタンバイしているという蛙吹の元へ向かうことにした。

待ちに待った式当日。淡い黄色のドレスを身にまとったなまえは慣れないヒールを履きながら廊下を歩いた。式までは実感がなかったためか上の空で、書類仕事など外でのヒーロー活動以外ではぼーっとしてしまうことが多かった気がする。だがこうして着替えて、メイクをして、きれいな会場を歩く度に実感した。ああ、自分は今から素敵な式を挙げることになるんだって。


「――なまえちゃん」


外に繋がる扉の前にいた彼女から声をかけられ、なまえは思わず足を止めた。そしてなぜだか泣きそうになってしまって慌てて上を向く。ぱちりと瞬きをした蛙吹はそれに気づいておかしそうに肩を震わせた。


「メイクが落ちちゃうわよ。せっかくかわいいのにもったいないわ」
「ん……! 我慢する。ごめん、幸せすぎて……」
「ふふふ。私もよ」


結いあげた長い髪も、緑色のドレスも、嬉しそうに目を細める姿も、全部ぜんぶ愛おしくてたまらない。カツカツとヒールの音が自分に近づいてくる。目の前で気配がして、涙が引っ込んだところで顔を戻した。


「なまえちゃん。私と出会ってくれて、恋人になってくれて、将来を共にすることを許してくれて、ありがとう」
「やめて梅雨ちゃん……また泣いちゃうよ」
「あら、ごめんなさい」
「……私こそ、いつも幸せをたくさんくれて、ありがとうね」
「お互いさまよ」


差し出された手に自身の手を重ねる。自然と恋人繋ぎとなり、何もおかしくないのに同じタイミングで吹き出してしまった。

ドアを開ければ、一面のひまわり畑が視界を襲った。わあ……! と感動していれば、自分たちの両親やA組のみんなが拍手をして歓迎してくれる。出入り自由の縮小開催にしたというのに、しっかりと全員揃っていてまた笑ってしまう。


「梅雨ちゃん!」
「なあに?」
「私、今さいっこうに幸せだ!」


気持ちが高まったなまえがぎゅうと蛙吹に勢いよく抱きつく。一瞬驚いた様子の蛙吹だったが、けろっと微笑み甘い声を発した。


「今だけじゃないわ。これからだってずっと幸せよ」


そんなこと、なまえが一番よく知っている。

――まだ式は始まったばかりだ。



夏の切れ端を撫でていたい



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