*生存if


「煉獄さん、おはようございます!」
「うむ、いい挨拶だっ! もう一度!」
「おはようございますっ!!」
「いや一度でよくない?」


善逸のツッコミを完全スルーした二人の空気はとてつもなく甘くて、あと少しで白目をむくところであった。そんな中でも二人の会話は続いていく。


「む。なまえ、今日はいつもと雰囲気が違うような……」
「わかっちゃいました? 実は禰豆子に髪をアレンジしてもらったんです。自分じゃできないので、すごく器用に仕上げてもらって」
「ああ、かわいらしい!」
「かわいい、ですか……? えへへ、うれしいです」


あはは、うふふ。周りに花が咲いているのではと自分の目を疑った善逸は、もう何も言うまいと口を閉ざした。突っ込んだら負けなのである。

明らかにお互いの一目惚れだった。だが恋愛事に関して鈍すぎる二人は鬼がいなくなった今でもくっつくことはなく、こうして砂糖を吐くほどの甘い雰囲気で善逸を殺しにかかってくる。もちろん被害にあっているのは善逸だけではないのだが、被害者探しなんてしている場合ではない。


「今度アレンジの仕方教えてもらおうかと思ってるんです。自分でできたら楽しそうですし」
「では俺も参加しよう!」
「え……煉獄さんもですか?」
「それならなまえに触れる口実ができるからなっ」
「れ、煉獄さん……」


早くこの二人をどうにかしなければ、誰より先に善逸の息の根が止められてしまう。なぜ自分がこんなもやもやしなければいけないのだ。さっさとくっつけ、ついでに自分にも幸せを分けろ。


「日が決まったらお伝えしますね」
「楽しみだ!」
「ふふふ」


しかしそんな思いが届くはずもなく、二人の笑い声と善逸の歯ぎしりをする音が響いた。







さすがだな! 家中に響き渡る声に照れくさそうに笑うのは禰豆子だ。煉獄に姉の髪をアレンジするのを見られるのは少しばかり緊張したけれど、禰豆子は姉思いなので我慢した。禰豆子もぶっちゃけさっさとくっついてほしい派の人間なのだ。


「結うとき櫛を使わないほうがふんわりと仕上がるんです。やってみてくださいね」
「ここはどうやってまとめたんだ? もう一度やってみてほしいのだが」
「ああ、そこは――」


禰豆子と煉獄の指が時折首筋に触れて、なまえは高鳴る鼓動を抑えようと必死だった。普段は櫛を使ってまとめるのに、今日に限って手櫛を勧めたのはわざとだろう。恨みがましく見たところでふふんとドヤ顔する禰豆子がいるだけで、現状は変わらないのだが。


「……と、まあ大体こんな感じです。やってみますか?」
「ああ。竈門妹は教え方が上手いな」
「頑張ってください。なくなってしまったみたいなので、新しくお茶淹れてきますね」


そう言ってそそくさと出て行ってしまった禰豆子に早く帰ってきてくれと願うが、あのるんるんとした歩き方からしてしばらく戻ってこないだろう。髪をアレンジしてもらっている間読んでいた書物の内容なんて、微塵も頭に入っていなかった。


「こう、だろうか。なまえ、どうだろう」
「えあ、っと、いいと……思います」
「ならばよかった! もう二つほど教えてもらえれば、今後なまえの髪をやってあげられるな」
「ありがとうございます……」


耳を掠める指先まで愛おしい。恥ずかしくて目を逸らしたなまえだったが、二人きりの空間で彼から放たれた言葉に目を見開いた。


「一緒に住むことになれば、毎日してあげられるんだが」
「えっ」


聞こえてきたのは耳を疑う言葉だ。意味を理解し赤くなっていっているであろう顔を隠せるはずもなく、なまえは煉獄を見つめ続けた。

一方で、発言した本人も笑顔で真っ赤になっていた。勇気と愛しさを溢れさせた言葉は、後悔と羞恥となって煉獄を襲った。まさか自分が後悔する日が来ようとは、なんて未熟。煉獄家に帰り次第精神統一でもしようかと考えを巡らせたところで、くいっと引っ張られた袖に意識を戻す。


「あ、あの、その」
「なんだ!」
「それ……」
「?」
「一緒に住むという話……すごく素敵なことだと、思います」


はにかんだなまえに優しい笑みを浮かべた煉獄は、ぎゅっと彼女の手を握る。


「では、そのときが来たら――」
「そこは今からでも一緒に住もうでしょう!! そんなだから進展しないの!!」
「!!?」
「禰豆子……?!」


スパン! と開けられた襖と共に現れた禰豆子に咆哮の如く叱咤され、二人は肩を跳ねさせてはい! と返事をしてしまう。

もどかしさが限界に達した禰豆子によって、無事に付き合えることとなった。付き合う経緯を聞いた善逸に、禰豆子は後日功労者としてたたえられることとなる。


ほんの数百年の病



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