*『神さまのお通り』のつづき



正体不明の何かが体に纏わりつく。真っ暗で何も見えない中で身動きが取れず震えながらそれが消え去るのを待つしかない。だがなまえは助けを求めた。一刻も早くこの暗闇から抜け出したい。するとなぜか右手が温かくなり、気づけば暗闇は晴れ体も自由に動かせるようになっていた。先ほどまでの恐怖もなくなっていて、なまえはようやく上手く呼吸ができた。手の温もりを離したくなくて力を込めると満たされるような気がしてほっと息を吐く。強張っていた体から力が抜けた。

視界すべてが白で染まり、それがTシャツだと気づいたのは爆豪の手を握り締めていることに気づくのと同時だった。同じベッドに寝転がり寝ている自分を眺めていたのか頬杖をついている。目が合ったため一応おはようと声をかけたが無視をされてしまった。なぜだ。


「爆豪……手握ってくれるなんて優しい」
「うっせえなまえが離さなかったんだろが。あと名前」
「あ……」


慣れないな、と思いながら蚊の鳴くような声で勝己と名を呼ぶと満足そうに口角が上げられた。なまえはつい最近姓が爆豪と一緒になった。挙式も済ませ幸せの絶頂期とも言えよう。しかし爆豪自ら手を握ってくれた試しなんて片手で数える程度しかない。寝ぼけていたのもあってつい爆豪と呼んでしまった。寝る前に爆豪の手を握った記憶もないなまえは理由を尋ねる。


「……どんな夢見てたんだよ」
「え?」
「うなされてたぞ、お前」
「……そうなの?」
「んで嘘つかなきゃなんねーんだ」


なるほど、つまりうなされていたなまえを心配して手を握ってくれたということか。忘れていた夢の内容を思い出して納得する。そういえば暗闇から助け出してくれたのは右手の温もりだった。爆豪の何気ない優しさに笑みが零れてしまいなまえは枕に顔を埋めて表情を隠す。バレてしまっているらしくおいと怒られてしまったが。


「……ねえ。勝己」
「あ?」
「高校のころのこと覚えてる」
「はっ、なまえが怖い夢見た挙句泣きついて俺の膝に来たって話してるなら覚えてるわ」
「泣いてないし私勝己に怖い夢見たなんて一言も話した覚えない……」


覚えがなく疑問を口にすると察しはつくと返事があった。学生のころ悪夢を見て深夜に起きてしまった私に膝枕してくれたときのことは今でも記憶に残っている。こうして結婚してプロになり、爆豪と寝ているときは悪夢なんて見なかったので本当に久しぶりだった。


「疲れてんだろ。いいから寝ろや……俺も眠ィ」
「……ありがとう」


なまえもさすがに夢はコントロールできない。当たり前だが悪夢を見るときはこれからもある。それでも爆豪が助けてくれるのだろう。未だ離れない手を見つめながらなまえは再度目を閉じる。手だけではなく額にも数秒間温かくて柔らかい感触がして頬が緩んだ。


「勝己……明日は一緒に家出よう」
「……ああ」


おやすみと呟いた声が爆豪に届いたかはわからない。その日やはり悪夢を見ることはなかったなまえはその日から爆豪の手を握って寝ることにした。文句を言いながらも離そうとしない辺りなんだかんだ優しいなとなまえは静かに笑うのだった。



溶けた氷が海になる



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