*百合



「あ、なまえさん! こっちよーこっち!」
「すまない……遅くなった」
「ふふ。いいのよ、誘ったのは私なんだから」


甘露寺となまえはとある定食屋に足を運んでいた。この時間帯は客も少なくて好きな席が選びやすい。何よりお昼の席を共にするだけであるが甘露寺にとってこれは立派なデートである。どきどきと胸を高鳴らせながら甘露寺はぐっと拳を握った。今日こそ言うのだ、なまえに好きだと。


「蜜璃」
「へあ!?」
「……へあ?」
「なんでもないのっ! ど、どうかした?」
「いや……頼まないのか」


なまえに名前で呼んでくれと頼んだのは甘露寺自身だった。好きだと初めて気づいたときに暴走してしまい、「なまえさんって呼ぶので蜜璃と呼んでください!」と柱の皆がいる前で叫んでしまったことがある。このときお館様である産屋敷もいたならば甘露寺は穴を掘って埋まっていただろう。私ったら一体何を……と顔を真っ赤にさせて縮こまる甘露寺に、なまえがたった一言を告げた。わかった、と。勢いで言ってしまったため、未だにその日一度目のなまえからの名前呼びには慣れず変な声を出してしまうのである。二度目以降はなんとかいつも耐えていた。

甘露寺はなまえに言われひとまず店にある丼物を全て注文した。大食いの甘露寺にとってこれでもまだ足りないが、一度そこで注文を止めた。そもそも今日はなまえに思いを伝えるためにここにいるのである。


「あ、あのねなまえさん」
「なんだ蜜璃? ……まさか寒いのか。やはり蜜璃を騙してその隊服を押しつけた男には罰が必要だったな」
「待って寒くないから! だから大丈夫よ!」
「? そうか……」


隠である前田の命が繋がったようだ。もじもじしているうちにどんどん料理が運ばれてきたため、甘露寺は気持ちを落ちつかせるためにご飯を頬張る。美味しい、美味しいとにこやかに食べる甘露寺の様子になまえも微笑ましげに見ていた。


「蜜璃……何か嫌なことでもあったのか。今日は元気がいつもよりない気がするのだが」
「ん、んー」


咀嚼しながら甘露寺は覚悟を決めた。ごくりと口の中のご飯を飲み込んで勢いよく顔を上げるとなまえはじっと甘露寺を心配そうに見つめている。


「私、なまえさんがずっと好きだったの!」


言ってしまった! 緊張でバクバクとうるさい心音を感じながら甘露寺はなまえから目を逸らさないようにする。しかし一向になまえが動く気配を見せず、今度は甘露寺が心配になる番だった。見つめ合いが続いたと思えば突然なまえがガタリと席を立つ。そのまま明らかに多いであろうお金を置いて去っていこうとしてしまった。あれ、返事もまだだがなまえに関しては食事もまだなのでは? こ、これって、断られた!?


「なまえさん! あの、嫌ならお友達のままで私はいいから! だ、だから!」


避けないでほしいと甘露寺が慌てて再度なまえを席につかせる。なまえの顔は無表情で甘露寺は顔面蒼白になるしかない。先ほどまで意気込んでいた気持ちなどどこかへ飛んで行ってしまった。まだ少しご飯が残っている、と陰鬱な気持ちのまま甘露寺が手をつけようとしたときなまえの蚊の鳴くような声が耳に届く。


「やけに幸せな夢だな、これは」
「え?」


ほうっと息を吐くなまえの姿は心酔した様子を見せていて、甘露寺はそこで断られたわけではないことを知った。


「なまえさん!」
「なんだ」
「私は夢の住人じゃないわ!」
「夢の蜜璃が怒るのもかわいらしい」
「か、かわ……っ!?」


なまえの性格からして今のこの状況が本当に夢だとは思っていないだろう。きっと珍しく焦りまくっているのだ。まさかこんな定食屋で告白されるなんて思ってもみなかったから。


「ねえなまえさん……そういう反応は、期待しちゃうわ」


段々と目の下が赤らんでくるなまえにきゅんとしてしまう。白蛇の鏑丸が二人を交互に見つめては返事をしてやれとなまえの頬へ頭を押しつけていた。どうやら返事は期待していいようである。







「蜜璃」
「ひゃわっ」
「ひゃわ?」
「なんでもないわ!」


また変な声を出してしまった、と頬に手を当てながら顔を赤らめた甘露寺は、ちらりとなまえを盗み見る。鏑丸という名を持つ蛇に優しい目線を向ける彼女と、つい先日恋人になれたなんて未だに信じられない。定食屋で告白してしまいロマンの欠片もなかったが、最終的に頷いてくれたのだからやってみるものである。


「見回りはもう終わったの?」
「大方は終わったわ。残りは鬼が出る夜にしようと思って」


こんな他愛ない話でさえ彼女と話している事実で胸がどくどくとうるさい。好き……と頬を染めていれば、その赤みを風邪か何かと勘違いしたなまえの手のひらが甘露寺の額に触れる。


「熱があるなら無理しないほうが――」
「風邪とかじゃないのよ……! 本当なの!」


恋する甘露寺はなまえのそばにいるだけで幸せな気分になれた。「なまえさん」名を呼べば「なんだ蜜璃」と笑いかけてくれる彼女のなんとかわいらしいことか。


「幸せだなって思ってただけで……! 能天気でごめんなさいっ」
「そ、そうか」


正直に胸の内を明かしても、照れたように目を逸らすだけで引いたりなんかしない。少し経った後でか細い声が「私もだ」と紡ぐ。


「嬉しいわぁ……私たち、幸せ者同士なのね」


甘露寺の言葉にきょとんとした表情を見せたなまえの目が細められる。今この瞬間だけは世界に二人きりになれたようで、甘露寺は勇気を出してなまえの手を握ってみた。彼女の勇気に応えるように握り返された手は温かく、ずっと手放したくないと密かに思う。


「積極的な夢の蜜璃もかわいらしい」
「だ、だから夢じゃないって言ってるでしょー!」


ひとまず、幸せなことが起きると自分を夢の住人と勘違いする癖をいい加減直してほしい。



同じ加護に埋もれている



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