*百合



「姉さん」
「しのぶ……?」


ろうそくの灯りを頼りに書物を読んでいたなまえは、襖越しに聞こえる声に入室を許可する。そっと部屋に入ってきたしのぶはどこか恥ずかしそうに目線を下に向け、手には枕が――ああなるほど。なまえはふわりと笑みを浮かべ、ろうそくの火を消してから書物を置く。既に敷いてあった布団に入り手招きすれば、顔を明るくさせたしのぶが嬉しそうに駆け寄った。


「ふふ。今日のしのぶは甘えたなのかしら?」
「だめ?」
「大歓迎よ」


寝る準備は終わらせていたために、なまえの枕の横にしのぶの枕を置けばあとは寝転がるだけである。息遣いが聞こえるほどに近づけば暗闇の中でもお互いの表情がはっきりとわかった。


「カナヲはもう寝たのね」
「ぐっすり。今日も姉さんからもらった銅貨を握りしめて寝ようとしてたわ。相変わらず表情は一切変えないけど」
「まあそうなのね。前も言ったけど、恋をすれば人は変わるわ。カナヲは大丈夫よ」
「姉さんがそう言うのなら」


一つの布団に寝転がりお互いに見つめあう。小さいころはよくやっていた添い寝も、しのぶが成長し更にカナヲが来てからは一切なくなっていた。だからこそどんな理由であれどこうしてしのぶと一緒に寝れるのがすごく嬉しい。なまえは目を細めてしのぶの髪を撫でつける。


「しのぶも、将来素敵な殿方に会えるといいわね」
「なんで……?」
「なんで、って……」
「決まった男なんていらないわ。私には姉さんがずっとそばにいてくれればそれでいいもの」


寝る前の雑談のつもりが、しのぶにとっては重要な話題だったらしい。あらあら、と困ったように眉を下げていると、しのぶの両手が髪を撫でていたなまえの手を取った。


「本当よ……? だから姉さんも特定の男なんて作らないで。ずっと私のそばにいて」
「え……っと、えっ? な、なんだか、今のしのぶ変よ?」
「それとももういるの? 私が見る限りいないと思ったんだけど」
「いない、けれど……」
「じゃあ、ずっとずーっと一緒にいましょうね」


それは一種の束縛だ。なまえがどこにもいかないように。自分を置いていかないように。なまえがしのぶを……蝶屋敷の子たちを置いていくわけなんてないのに。


「ええ。約束するわ」


なまえの返事に満足したしのぶが満面の笑みで抱きついてくる。束縛だってなんだっていい。今後一緒にいられることが、なまえたちにとって何よりの幸せなのだから。



楽園の裏表紙



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