おっと、と積み重なった洗濯物を抱え直したすみは、小さな体を必死に動かしていた。雲行きが怪しくなったことにいち早く気づいたすみが、一足早く洗濯物を取り込んだのは言うまでもない。しかし想像以上の量に前を見るのもやっとで、足取りが覚束ないのである。やはり誰かに頼んでから取り込んだほうがよかったのではないか。今更そんなことを後悔しながら一生懸命運んでいれば、突然クリアになった視界となくなった重さに素っ頓狂な声を上げた。


「どこ持っていけばいいんだよ、これ」
「わわ、なまえさん……!?」
「? そうだけど」


自分が両手でやっと持てていた洗濯物を難なく片手で持ち上げる姿には脱帽するしかない。ありがたいとは思うが、なまえも怪我人として蝶屋敷へ運ばれてきた身だと思い出し慌てて断りの言葉を発する。だが聞く耳を持たないなまえが、洗濯物を持っていないほうの手で首に巻いた猪の皮を撫でながら「あっち?」とすたこら歩いて行ってしまう。真逆の方向に違います! こっちです! とぐいぐい引っ張るすみは、しばらくして大人しくついてくるなまえを振り返った。


「なまえさん、ありがとうございます。助かりました」
「……はっ! わ、私をほわほわさせんな!」
「ほわほわ……?」


突如怒り出してしまったが部屋まできちんと洗濯物を届けてくれたなまえに再度お礼を伝える。たまたま通りかかっただけだと照れながら唇を尖らせる様子に思わず笑ってしまったのは仕方ないと言わせてほしい。







「っていうことがあってね。なまえさんかっこよかったなぁ」
「素敵、やっぱりなまえさんって王子さまみたいだね」
「うんうん!」


先ほど起こったなまえとの話に頬を染めるのはきよとなほだ。実はなまえの話で盛り上がるのはこれがはじめてではない。すみたち三人が困っているとき颯爽と現れ手助けしてくれるなまえは彼女たちの間で王子さまと呼ばれ密かに人気なのだ。


「そういえば、患者さんへのご飯を一緒に運んでくれたときもあったよ」
「わあ……優しい!」


きよの言葉に満面の笑みを浮かべるなほも、なまえにされて嬉しかったことを話そうと口を開く。


「――なまえさん。あなたは一応怪我人なのですから、こういうことは私に任せて安静にしていてください」
「はー? この量何往復もしてたら時間の無駄だろうが。大体もう全快だ!」
「相変わらず男勝りですね。もう」


聞き覚えのある二人の声に、口を閉ざすより先にそっと顔を覗かせる。きよもすみも同じようにしているのを横目に声のするほうへ目線を動かせば、そこにいたのはしのぶとなまえであった。


「でも助かります。薬品の数が多かったものですから」
「模様替えか何かかよ。またなんかあったらすぐ私を呼べよな」
「薬の整理整頓みたいなものです。怪我をせず、ここに来ないことが一番ですが……もしまたこのような機会があったらお願いしますね」


箱に詰められた薬品を当たり前のように持ち運ぶ姿はさすがだった。二人の後ろ姿が見えなくなるまで見つめ続けた三人は、一斉に顔を見合わせ顔を綻ばせる。


「やっぱり王子さまだよね!」


姉妹のように息ぴったりな声が蝶屋敷に響き渡る。タイミングよくくしゃみしたなまえはまさか自分の話をされているだなんて想像できるはずもなく、心配そうに見つめるしのぶに頷きを返すのだった。







当然の顔をして重いものを率先して相手から奪い取り運ぶなまえを、アオイは唸りながら見ていた。その隣で微笑みながら佇むのはカナヲで、ほんの少しずれていた蝶の髪飾りを直しながらアオイに声をかける。


「前になまえに手伝ってもらったお礼、伝えに行かないの?」
「え、ええ!? ななななんのことだか……っ!」
「わかりやすいね」


更に口角を上げたカナヲがアオイの視線の先を辿る。「なまえさんに助けていただいたんですー!」きゃっきゃとすみたちにそう報告されたのはもう数えきれないほどだ。彼女たちの仕事を奪っていると言われてしまえばそれまでだが、自分だって少女なのに「女がこんな重いもの一人で持つな」と怒りながら手伝うのだ。なまえが蝶屋敷にいる間は止めるのを諦めているし、しのぶも微笑ましく見ているのを知っている。


「この間も遅れてお礼しにいったら、あの子なんて言ったと思う……?」
「なんて言ったの?」
「覚えてねえよ……! ゆ、勇気を出したのにっ」
「手伝ってもらった直後に伝えればいいのに」
「そ、れは、そうなんだけど……っ!」


うーと頭を抱え、ちらちらと視線をなまえに寄越すアオイは完全に乙女だ。手伝ってもらった直後にとは言ったものの、なまえのことである。きっと礼を伝える前にどこかへ行ってしまうのだろう。すると急に驚いた声を上げたアオイがカナヲの後ろに隠れてしまった。首を傾げるより先に前を向いたカナヲは隠れた理由をいち早く察する。


「頭でも痛いんか?」


頭を抱えていたアオイの体調を気遣ってやって来たらしいなまえから隠れたようだ。カナヲは違うと否定しようとして、後ろで戸惑っているアオイを前に押し出した。目を白黒させるアオイの背中を軽く押せばなまえの胸元に倒れこむ。


「アオイが言いたいことがあるらしいから、よろしくね」
「カナヲ……!?」
「言いたいこと?」


近い距離に一気に顔を赤くしたアオイがかわいらしい。何度か手を振ったカナヲは振り返らずに去っていく。アオイを抱きとめるなまえはたしかに王子さまみたいだったな、なんてこっそり思ったことはカナヲだけの秘密である。



研がれるたび空気にとける



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