*鬼化if


暇だな。なまえはうつ伏せに寝転がりながら腕を枕に不貞腐れていた。人間社会にとけ込んで日々を過ごしている鬼舞辻は、無限城に帰ってくる日が少ない。鳴女は自分が来る前と比べれば足を運ぶ頻度は圧倒的に多くなったと言うが、なまえは自分が来る前のことなんて知らないので納得していなかった。毎日一緒にいたいくらいなのに、数週間平気で来ない日もあるので困ったものだ。こんな文句も彼には伝わっているのであろうと考えると普通の鬼ならば怯えるのだろうが、なまえはちっとも怖くなかった。


「また寝ているのか。相変わらず寝るのが好きだな、なまえは」
「!!」


寝ていないことなど気づいているであろうに、笑いながら声をかけてきたのは今しがた脳内を占めていた人物だった。


「無惨さま!」


ばっと体を起こしたなまえは満面の笑みで正座をする。きらきらとした瞳で見上げる姿に気をよくした鬼舞辻が腰を下ろした。小さく腕を広げるのを確認したあとで立ち上がったなまえが、一目散に彼の元へ駆けていく。鬼舞辻に抱きつき、且つそれを許されている人物。それがなまえであった。


「遅いです無惨さま。わかってると思いますけど、会えなかった分たくさんぎゅってしてくださいね」
「これでは足りないのか。全く仕方のない」
「わっ! ふふ……」


片手が腰に回り嬉しそうに胸元へ頬擦りする。ふとこめかみ辺りに鬼舞辻の指が触れ、なまえは小さく首を傾げた。


「無惨さま、どうなされました?」
「今日も記憶は残っていないかの確認だ」
「? 私の記憶も思い出も無惨さまや上弦の鬼たちだけです。他の記憶なんてありやしませんよ」
「当然だ。お前には他の記憶など不必要に決まっている。なまえは私のことだけ常に考えていればいい」
「はい。無惨さまがそう仰るのなら」


鬼舞辻のことだけを考えろなんてそれこそ当然のことだ。自分の世界には鬼舞辻と、たまにやってくる上弦の鬼たち。時折話し相手になってくれる鳴女で構成されている。なんだ、結構たくさんの者たちに囲まれていたんだな。

あれ、そういえば、以前もたくさんの者たちに、囲まれていた……ような。血の繋がった、人、と。ははと、おとうとと、いもうとが。あれれ?


「なまえ」


我に返ったなまえが慌てて鬼舞辻に頭を下げる。抱きついたままで少ししか下げられなかったが、なまえなりの精一杯の謝罪だった。


「すみません。私、多分今……無惨さま以外のこと、考えてました」
「ここで嘘をついたら危うく共食いするところだった。二度目はない」
「ごめんなさい」


声色からして大して怒ってはいないようだ。頭を過った者たちのことは全て忘れ、なまえはまた鬼舞辻のことだけを考えて笑みを浮かべる。

ほら、彼のことを考えるだけでこんなに幸せな気持ちになれる。他の人間や鬼なんて、なまえにはどうでもいいのだ。



すべりおちて涙は割れる



戻る