*短編「星も欠ければ毒になる」→「ここでは息しかできないみたい」→これ
*百合



「ヒミコちゃん……ぼーっとしてるけど、大丈夫?」
「……え?」


あれ、なまえちゃんがいる。トガはぱちぱちと二度瞬きをして咄嗟に手を伸ばした。その手を握ってくれるなまえがくすくす笑いながらどうしたのと言う。そういえば今トガはなまえと二人きりでベッドに横になっているんだった。


「私のなまえちゃん」
「? うん、ヒミコちゃんのなまえだよ」
「……そうですか」


嬉しい、とトガは年相応にはにかんだ。無理やり連れてきてからやっと自分のものになってくれたなまえ。嬉しくないわけがなかった。トガは満面の笑みでなまえとの距離を縮めると額同士をこつんとくっつける。


「なまえちゃん、大好きです……これからはずっと一緒にいられるんですね」
「うん」


どんなときもずっと一緒。心までトガのもの。考えただけで息が荒くなりどきどきと鼓動がうるさくなる。トガは突拍子もなく自分となまえの唇を重ねた。苦しそうな声を出すなまえがかわいくて仕方がなくて舌を入れたり上顎をなぞったりして楽しむ。ゆっくりと唇を離すと顔を真っ赤に染めて目を逸らすなまえがいる。頬に手を添えて目線を合わせるとなまえは「ヒミコちゃん……」と目を細めた。


「私のこと好きですか?」
「好きだよ……大好き。ヒミコちゃんが好き……」
「うん。私もだぁいすきです」


好き、私も好き、私はもっと好き、もっともっと好き。そんなやり取りを続けているとなまえがぎゅうと強く抱きしめてくれた。なまえから抱きしめてくれるのは初めてのことでトガは変な声が出てしまう。笑い声が聞こえてきたからおそらくはトガをうろたえさせることが目的だったのだろう。お返しと言いながら抱きしめ返すときゃーとわざとらしい悲鳴がした。かわいい。トガは素直にそう思った。さて、キスの次は何をしよう。わくわくと次にすることを考えていたときだった。


「なまえちゃん! しっかりして……っ、なまえちゃん!!」


なまえでもトガでもない声が響き渡る。そこで景色が変わった。







ぱちりと目を開けると目の前はベッドではなく床だった。後ろに回っている腕が痛くて振り返れば爆豪に拘束されているようで身動きが取れない。前を向けば意識のないなまえに駆け寄り必死に声をかけている麗日とその隣で心配そうにしている轟の姿があった。――ああ、夢だったのか。全て思い出した。なまえが眠っているのを眺めていたら突然雄英生徒がここに来たことも。頭を殴られて少しの間気絶させられていたことも。爆豪をギロリと睨めば「ああ!?」と威嚇される。トガは一切動じず口を開いた。


「私となまえちゃんを放せ」


自分でも驚くくらい低い声が出る。爆豪は「はっ」と鼻で笑い麗日と轟になまえを連れていくよう指示をした。なまえを連れ全員が逃げたあとで目覚めてしまったトガを再度気絶させ爆豪も逃げる算段なのだろう。前の二人がこくりと頷き轟がなまえを抱えた。……逃げてしまう。


「なまえちゃん」


首に衝撃が走って意識が朦朧とする。――逃げちゃう、なまえちゃんが逃げちゃう。抱きかかえられるなまえがぼやけ、意識がなくなる瞬間トガは爆豪のほうを向き歯を見せてにやりと笑った。バカな人たちだとトガは思う。たしかに先ほどのは夢だったが、なまえがトガのものになっていないとは一言も言ってない。つまり、そういうことなのだ。目を覚ましてトガがいなくなっていたときなまえはどんな反応をするのだろう。楽しみだなぁと呟いた声が爆豪たちに聞こえることはなかった。

――ばいばいなまえちゃん。ここで待ってるからね。

だってずっと一緒だから。もうなまえが自分からトガから離れることなんて決してないのだ。



夢と夢と夢から覚めた夢



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