「わ、わあ……これは……すごい」


呪ってやる、お前にやる刀はない、ゆるさない。思いのままに書かれた恨みのこもった言葉たちに口の端を引きつらせた。戦いから二か月もの空白があったにも関わらず、刀は届かずに手紙が数枚。これでは戦えない。刀鍛冶の里に行き直接話をしに行くことになったなまえだったが、鋼鐵塚が行方不明と言われてしまう。結局その日は里の長や甘露寺、玄弥に会って終わった。


「この里には強くなるための秘密の武器があるらしいの。探してみてね」


別れ際に耳元で囁かれた秘密の武器とは、いったいなんなのだろう。翌朝、小鉄と揉めていた時透と遭遇したことで、その武器が『縁壱零式』と呼ばれる戦闘用絡繰人形であることを知った。しばらく気絶させられていたなまえは『縁壱零式』と訓練する時透に頭を悩ませる。


「悪意はないんだよなぁ」


戦闘訓練後、自分の刀が折れたからと『縁壱零式』の刀を持っていった時透。彼の鴉に見下されたなまえは、自身の鴉が睨みつけているのを横目にため息をついた。







なんとか壊れずに済んだ『縁壱零式』との一週間の死ぬような訓練や、鋼鐵塚がもっと強い刀を作るため山籠もりで修行していた事実を知る等色々なことがあり。


「ねえ。ねえってば。ねえ」
「ん、んんー」


『縁壱零式』を破壊した際に出てきた錆びた刀を鋼鐵塚が三日三晩研磨することになった夜。禰豆子の遊び相手をし疲れて眠ってしまったなまえは自分を呼んでいるであろう声に起こされた。寝ぼけまなこを擦りながら確認すると、そこにいたのは時透だ。


「鉄穴森っていう刀鍛冶知らない?」


わあ、と驚くなまえをスルーして尋ねてくる時透に素直に頷いた。


「多分、鋼鐵塚さんと一緒にいるんじゃないかな。どうして?」
「鉄穴森は僕の新しい刀鍛冶。鋼鐵塚はどこにいるの?」
「じゃあ、一緒に捜そうか?」
「………」


無表情で黙り込んだ時透をなまえが不思議そうに見つめる。一緒は嫌なのだろうか。


「……なんでそんなに人に構うの? 君には君のやるべきことがあるんじゃないの?」
「人のためにすることは結局、巡り巡って自分のためにもなっているものだよ」
「――えっ?」


今まで表情を一切変えなかった時透の目が大きく見開かれ、驚愕に染まる。自分は昔誰かに同じことを言われた気がするのだ。いや、なまえと昔会っていて彼女に言われたのか? どうなんだろう、わからない。もう一度同じ台詞を言ってもらおうとしたところで鬼の少女である禰豆子が起きてしまい、話は中断となった。


「……ええと、君、誰だっけ」
「なまえです!」
「そうなまえ。君といると、何かな……懐かしい気持ちになる」
「懐かしい? そっか。それなら嬉しい。お姉ちゃん的な感じかな?」
「わからないけど」


――ずっと一緒にいれば、この懐かしい気持ちの理由は見つかるだろうか。

時透はぐっとなまえに近づいて、近距離で彼女の瞳をじっと見る。赤い瞳が戸惑うように揺れていて、時透は確信した。


「うん。僕別に君といるの嫌じゃないし、どう?」
「どうって何が?」
「ずっと一緒にいようよ。一緒にいるのに関係性が必要なら、交際しよう」
「……ん!?」
「ム?」


状況の整理ができていないなまえと、ムキムキと腕を動かしていた禰豆子の素っ頓狂な声が重なる。なまえはようやく告白まがいのことをされたのに気づくと大慌てした。


「とと時透くん! 君はまだ若い! まだまだこれからだよ!」
「何を言ってるの? 僕となまえそう変わらないでしょ」


他に何か言い訳はないかと思案していると時透との距離が更に縮まる。思わず間抜けた声が口から漏れ顔を赤くした。


「僕の人生なんだから誰と付き合ったっていいじゃない。君がいい」
「待って! 突然すぎてよくわかってないから――あ、あれ……? 誰かいる?」
「そうだね。僕となまえの邪魔をする奴かな」
「ぐいぐい来るなあこの子……」


そこで突如現れた上弦の鬼によって二人の会話は後日にお預けとなる。後日記憶を取り戻した時透に柱稽古の際に求婚されるなど、想像できるはずもなかった。



泥まみれ純情



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