*10万打企画「ほどけない火のかたわら」のつづき



同棲を始めてしばらく経ったころ、なまえは部屋で寝る前のルーティンとなっている軽めのストレッチをしていた。股関節をほぐしたり足裏を伸ばしたりしているとノックの音が聞こえ扉に目をやる。入室を促せば躊躇いがちに扉が開き、ふふっと笑ってしまった。


「自分の家なんだから、もっと堂々と入ってもいいよ」
「う、で、でも、女の子の部屋だし……」
「そうなの?」
「そうなんです」


間髪入れずに頷いて部屋に入ってきた緑谷は、なぜか顔を赤くさせている。何かあったのか聞くが言いづらそうに目を逸らすだけで言葉を発することはない。なまえはひとまずベッドを指差すと座ってと促す。彼が素直に座ったのを見守ってから止めていたストレッチを再開させた。


「うううごめん……もう少し待って」
「緑谷のペースでいいから。待ってる」
「……えと、話しに来たのはそのこと、なんだけど」


頬を掻きながら苦笑する緑谷になまえはそのこと? と首を傾げる。ちょうどストレッチも終わったなまえが俯いている緑谷の横に腰を下ろすと、突然バッと顔を上げた。


「わ」
「やり直し、するね」


彼の顔が赤く、やり直しという言葉。極めつきに手を握られては、頭を過るのは先日車内でされたプロポーズだ。


「なまえちゃん、デートは好きだけど高級なレストランとかでプロポーズみたいなの好きじゃないかなって思ったら、寝る前を選択しちゃって……本当、申し訳ないんだけど」
「……そんなことない。聞かせて?」
「――僕、は」


唇を震わせた緑谷があの日の続きを今やろうとしている。勘違いだったとはいえ、あのとき結婚してほしいと言われたときは嬉しかったのだ。ああ、やっと好きの証明ができるんだなと思えたから。


「長生きできるって胸を張って言えないけど」
「私もだから、平気」
「それでも――生きてる限り、ずっとなまえちゃんといたいなって……そう思う」
「……うん」


握られた手をやんわり離して、今度はなまえが彼の手を包みこむ。死んでも一緒と言わないところが緑谷らしくて笑ってしまいそうになった。今度お互いの指輪を選ぶデートをしに行きませんかと言われてしまい、今度こそ我慢できずに笑ってしまう。そこは敬語使うのか。


「いいよ。デート、しに行こうか」
「わあ、嬉しい」


幸せそうに微笑んだ緑谷になまえも笑顔を返す。寝る時間が遅くなりいつもならば眠そうに欠伸を漏らすなまえの目はすっかり冴えていた。



先に溺れた者の末路



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