目の前の景色全てが揺れたような感覚に陥り、気づいたときには壁に手をついていた。めまい、だったのだろう。気絶しないでよかった。落ち着くまで大人しくしていようとなまえが座り込み深呼吸を繰り返していると、突如「おい」と低い声で呼ばれびくりと体が震える。声の主が幼なじみであったのならば顔すら上げず放っておいてくれと頼むのだが、そうもいかない相手だ。


「せんせい……」


自分でも驚くくらいの掠れた声は、声をかけた相手である相澤にも届いたらしい。目元を押さえたなまえに全てを察してくれた相澤は手のひらを差し出すと「立てるか?」と問いかけてくる。呼びかけたときと違い優しい声に、なまえは不覚にも泣きそうになってしまった。というか半分泣いた。


「どうした。寝不足か?」
「おそらくは……ご迷惑をおかけして、すみません」
「そういうのはいい。保健室行くぞ」
「はい……」


最近は夜遅くまで復習や"個性"の練習をしていたから、その付けが今回ってきたのだろう。唸りながら保健室に行けばリカバリーガールに「寝な」とベッドを指差されたことにより、なまえは二時間分の授業を寝て過ごすこととなった。保健室に送り届けてくれた相澤はいつの間にかいなくなっているし、結局お礼を言えていない。リカバリーガールに帰り際ペッツをもらったなまえは、放課後に礼を伝えに行こうとなけなしの勇気を振り絞り思った。







やはり職員室に入るのは勇気がいりまくった。一緒についてきてくれた幼なじみに背中を叩かれようやく入室したなまえは相澤に用があることを近くにいた先生に伝える。呼ばれた相澤はプリントの添削をしていたのかペンを持っていた。なまえの姿を視認した相澤に小さく手招きされ鉛のような足を引きずって彼の元へたどり着く。長い道のりだった。


「もう大丈夫か? 体が資本だ。頑張れよ」


エナジードリンクで済ませようとする相澤に言われたくないと誰もが思うであろうが、なまえは素直に頷き今日のことを謝った。そして、お礼も。


「先生が通りかかってくれて助かりました……ありがとうございます」


相澤の首が左右に振られなまえは入れていた肩の力を抜くことができた。もう一度だけぺこりと頭を下げたなまえは安心したように微笑み、職員室を出ていこうとする。


「なまえ」
「? はい」


しかし名前を呼ばれたことでなまえの足は止まった。そして手を出せと言われ咄嗟に両手を差し出せば、落ちてきたのは飴の入った袋だ。


「こ、これは……?」
「飴」
「そうですね……」
「やる。知り合いにもらったが俺はいらないしな」


明らかな嘘であることはわかる。嘘をついてまでなまえに飴をあげることは合理的なのだろうか……? なまえにはよくわからないが、断っても何か理由をつけてもらえと圧をかけてくるのだろうし、素直にもらっておこう。


「相澤先生。これ食べながら頑張ります」
「食べながら運動はするなよ」
「や、やりません!」


ふっと笑う相澤を横目に職員を出る。幼なじみはなまえの持っている飴に目を輝かせていたが、これはあげられない。自分が全て大切にいただくものなのだから。


「がんばろう」


はじめて口に含んだのは、レモンの味だった。



炎のように愛は骨組み



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