最速と謳われるヒーローは、急所である首を甘噛みされ確かに恐怖した。


「逃げるなよ」


無茶を言うなと睨み上げた自分は間違っていないはずだ。敵連合に取り入るために、これは果たして必要なのだろうか。はじめこそ疑問すら持たず適当にヘラヘラしていたなまえも、最近の度の過ぎた荼毘の言動には我慢ならなかった。


「この羽をむしり取って、また生えてもまたむしり取って。どこにも飛んでいけないようにできたらいいのにな」


口元だけに浮かべた笑みにぞわりと肌が粟立つ。それを決して悟られないようになまえも挑発的に笑ってみせた。


「最近おかしいよ荼毘。もう少し冷静になってほしいもんだね」
「……俺はいつでも冷静さ。お前が本気にしないだけだろ」


不思議そうな声色とは裏腹にこちらを見る目はどこまでも冷たい。大体本気にしたら、羽がむしり取られる未来があるかもしれないことが現実になるかもしれないじゃないか。


「私を飛べないようにしてどうしたいの?」
「どう、か。まあ……少なくとも飛べなきゃあ地上で俺と一生踊ってくれるだろ」
「ダンスが趣味だったとは知らなかったなあ」
「いや? ダンスは別に興味ない」


首筋を指でつぅと撫でられ、無意識に肩がぴくりと跳ねる。少し力を込めれば殺すことなんて簡単だ。払いのけ逃げる手段も考えたが、下手に動いて評価を下げられても困る。なまえがすべきことは敵連合に取り入ること。

だけど、これは、本当に必要か。

改めてどうするべきか考えようと逸らしていた視線を荼毘と合わせる。そこには先ほどの冷たさが嘘のように楽しそうな表情をした荼毘がいた。


「俺が興味あるのは、後にも先にもお前だけだ。なまえ」


指が首から背中から生える羽へと移動していき、なまえは眉をひそめる。同時に、諦めの色を瞳に混じらせた。


「――そう」


何を言っても無駄な人間なんてこの世にごまんといる。それが荼毘だっただけの話なのだ。


暗がりに傷つけるすきも無く



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