*短編「窒息しそうな夢十夜」のつづき
*百合



ああ、多分我慢しているんだろうな、って。

なまえは最近覚えたシャーペン回しをしながら、教科書の文字を目で追っているふりをしながら思う。最近遠慮されていると感じるのだ。蛙吹と付き合い始めて、思い出すだけで恥ずかしくなるくらいたくさんのことをした。でも一度だけ恥ずかしさからキスを拒んでしまったことがある。部屋で二人きり。すごくすごーく良い雰囲気で、手をぎゅって繋いで、お互いの呼吸音と時計の秒針だけが響く。胸がどきどきとうるさくて、「待って」と顔を背けたあの日のことは昨日のように思い出される。ちょっぴり傷ついたような表情をした蛙吹のことも、昨日のように。


「はぁ……」


誰にも聞こえないくらいのため息をついて、ノートを取る。その日から蛙吹は自分に手を伸ばして引っ込める、ということをするようになった。抱きしめようとしてやめる。キスをしようとしてやめる。こんなことになるなら拒まなければよかったと思うのと同時に、今の今まで何もしてこなかった自分に嫌気が差した。行動しろ、自分。授業が終わり突然頭をグーで小突き始めるなまえに、緑谷が慌てて止めに入った。







「据え膳かしら?」
「すすすスウェーデン!?」
「据え膳よなまえちゃん」


確かに行動しろと自身を鼓舞はしたがやりすぎた! なまえはベッドに押し倒してしまった事実に顔を真っ青にして、どこまでも優しい瞳で見つめてくる蛙吹を見返した。勇気を出して部屋へ招いたところまではよかった。だがそこから何を思ったのか勢いよく押し倒してしまったのだ。後先考えずに行動をすることがこんなにも頭を真っ白にさせるとは。唸りながらも冷静さを取り戻したなまえが深呼吸を繰り返していると蛙吹がぽつりと呟いた。


「私ね、思ったことはなんでも言っちゃうの」
「? う……うん。知ってるよ。それが梅雨ちゃんの素敵なところだもん」


微笑んでいる蛙吹は今何を考えているのだろう。右手を伸ばして、一度引っ込みかけたそれをたしかになまえの頬に添えて、蛙吹が目を細めた。


「でもね。思ったことをなんでも行動に移すことが難しいって、気づいたわ」


なまえが「あ……」と声を漏らす。


「ちゃんと頭ではわかってるの。なまえちゃんが恥ずかしがってただけだってこと。また拒まれたらって思ったら心の準備が必要だったのよ」
「ご、ごめんね。私がもっと早くに謝って自分から触ってれば、梅雨ちゃんも苦しまなくてすんだのに」
「いいのよもう。これからはまた躊躇しないで触れられそうだもの」


蛙吹の伸ばした左手も頬に添えられ、ぐっと近づく顔になまえも同じく近づける。唇から伝わる温度に安心して吐いた息も全て呑まれてしまった。



カモミール香る午後



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