息が荒くなる。気を抜いたら涎まで垂れてきてしまいそうで急いで口を閉じた。真っ赤であろう顔を片手で覆って息を大きく吐く。吐いた息はとてつもなく熱かった。


「全力でかかって来い!!」


一年ステージの会場に入り約束通り出久くんを直接応援しているとき突然それは起こった。トーナメント戦、とどろきくんという氷を使っている赤と白の男の子と戦い指や腕がボロボロになっていく。そんな出久くんを見続けていたらなぜだか興奮してしまったのだ。いつも出久くんに抱くかわいいという感情とも違う。会場全体に響き渡る出久くんの声と時々目にする真剣な表情。……まさか、そうか。これが……!


「かっこいいなぁ……!」


これが、かっこいいという感情なのか……! ボロボロになってまで戦う姿に、私はきっとかっこいいという感情で興奮してしまったんだ。出久くんがかっこよかったこと、あとで伝えなくちゃ……! そして氷だけでなく炎も使ったとどろきくんに、出久くんは負けた。


「えっなまえさん!!?」
「あ、出久くん! 見てましたよ、トーナメント! かっこよかったです! 本当に、興奮するくらい熱い戦いでしたよ!」
「ありがとう……じゃなくて! なまえさんここ生徒用の観客席の階段だから……!」


トーナメントが終わった出久くんと話すべく私は生徒が使う観客席の階段を探し待ち伏せていた。結構怪我してたし会うのは無理かなと思ったけど、包帯をぐるぐる巻いた出久くんに会えたから待っててよかった。 この学校には治せる人がいるのかな? "個性"ってやつか。


「出久くんに会いたくて。なかなか会えないなら行動すればいいと思ってですね」
「見に来てくれたのは嬉しいんだけど……どうだろう、多分観客席に生徒以外がいるのバレたら怒られちゃうし……」
「あ、いえ。もう帰りますよ。出久くん出ないならもう見る必要なくなりましたから」
「そうなの……?」


話したかっただけ、といえば応援してくれたのに負けてごめんねと謝られる。謝る必要ないのに。


「私が好きで応援しにきたんですから、こういうときはありがとうでお願いします」
「……うん、ありがとう。なまえさん」
「どういたしまして! とどろきくんでしたっけ? その方と全力でボロボロになって戦う出久くん本っ当にかっこよかったですよ! むしろ私のほうがありがとうございます!」


にこりと笑ってくれた出久くんに気持ちを全て伝えられたことに満足した私は、帰ろうと別れを口にしようとする。


「デクくん?」


そこに私と出久くんではない誰かの声がした。階段の上に立っているのは前に出久くんと一緒にいて、騎馬戦で出久くんと同じチームだった茶髪の女の子。女の子はタンッタンッとリズムよく階段を下り出久くんの横にいくと私を見て不思議そうな表情をする。


「この子知り合い?」
「麗日さん……うん。……えっと、友達……そう、友達なんだ」


友達……! 目を輝かせてしまっておっとと誤魔化すように目を閉じた。王子様と結ばれたいのに友達止まりで喜んではいけない。友達止まりが嫌だから恋人になりたいんだから、出久くんが友達と言ってくれたからって喜んじゃダメだ。


「そうなん?」
「うん……ま、間違えて……道に迷って、ここに来ちゃったみたい!」
「ふうん……? あ、はじめまして。私麗日お茶子っていうんだ、よろしく! 君は?」
「………」
「なまえさん……?」


手を差し出されて、私は握り返すことができなかった。

――やば、なまえに触られたんだけど
――かわいそー、ちょっと謝りなよ

記憶の奥底に閉まっていたものが掘り起こされていく。それは苦くて痛くてこの世界では二度と思い出さないようにしていたものだ。

――生きてる価値なくない?
――よく学校来れるよねぇ

同い年の女子たちの甲高い笑い声が耳の奥で鳴り止んでくれない。何もしてないのに地獄だった日々が頭を支配していく。記憶の中で顔面が黒でぐちゃぐちゃに塗りつぶされて顔は思い出せないが、言われたことやされたことは消えてくれない。機嫌を取るために私は言うのだ。ごめんなさい、ごめんなさい。


「……さん……っ、なまえさん!!」
「っ!」


知らず知らずのうちに蹲ってしまっていたらしく、片膝をついて私を窺う出久くんの必死な表情で我に返った。麗日お茶子と名乗った女の子は顔を真っ青にして私の目線に合わせるようしゃがみ込む。


「謝らんでええから……! 何もしない、何もしないよ……!」
「え……」
「私のがごめんね……っ、話しかけられたくなかったかな……!」


無意識だった。まさか思い出しながら謝っていたとでも言うのだろうか。……だから、思い出さないようにしていたんだけど。人の記憶ってほんと厄介だ。嫌な記憶ほど忘れてくれない。


「すみません……麗日さんのせいじゃないですから……」
「でも……」
「ちょっと、昔のこと思い出しただけですから。本当に気にしないでください。……なまえです」
「えっ? あ、ああ、なまえちゃん! よろしくね。お茶子でいいよ」
「……お茶子ちゃん」
「そうだよ、なまえちゃん。……立てる?」


麗日さん……お茶子ちゃんに差し出された手を今度は取ることができた。震えてしまったがお茶子ちゃんは私の手を取っても笑顔のままで、罵詈雑言を浴びせることも手を上げることもしない。同い年の女の子に優しくしてもらったのなんて、ずっと前はあったのかもしれないが忘れてしまった。だから覚えている限り初めてのことだ。まだどこか心配そうな顔を隠せていない出久くんとお茶子ちゃんに笑顔を見せると二人とも安心したような表情を見せてくれた。


「お茶子ちゃんちらっとですがトーナメント見ましたよ。怖そうな男の子と戦ってましたよね」
「見てくれたんだ……ありがとう。次は絶対勝つから!」


グッと拳を作ったお茶子ちゃんはそういえば……と出久くんを見る。


「デクくんもお疲れ様!」
「ありがとう麗日さん」
「デク……?」
「私デクくんって呼んでるの」
「……仲、いいんですね」
「そりゃあ同じクラスだし、友達だもん! 仲はいいよ。なまえちゃんももう友達だよ!」
「! 私と、お茶子ちゃんが?」
「そう、お友達っ」


一日に二回も友達と言ってもらえた。きっとあの嫌な記憶は今日の幸せな気持ち全ての代償だったんだ。お茶子ちゃんは今度一緒に遊ぼうね! と元気よく遊ぶお誘いまでしてくれた。優しくしてくれる出久くんとも友達なお茶子ちゃん。胸のもやもやはなくなっていた。


07.憧憬のひとひら



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