なまえは膝の上で横になる緑谷の髪をくしゃりと優しく撫でた。やめようと手を離せばもう終わり? と見上げてくる緑谷にまた撫でてしまう。先ほどからずっとこのループだった。


「撫でられるの、好き?」
「うん。なまえちゃんに撫でられるの好きだよ」
「……そう」


やめようにもやめられなくなったではないか。なまえはふわふわとした緑谷の髪の毛を見つめ指で梳かす。人の髪に、しかもこんなに長い時間触れたのは初めてだ。赤くなっている耳にちょんと触れると緑谷は苦笑する。


「好きだけど、恥ずかしいな……」
「私だって膝枕なんて初めてしたから、恥ずかしいけど……」
「膝枕もそうなんだけど……なまえちゃんに触られてるのが、ね」


他愛のない話で二人してくすくす笑い合う。昼休み、授業が始まるまでの数十分はなまえと轟の秘密の時間だ。普段こんなにくっつくことなんてないし、寮内でも挨拶や世間話程度である。この時間だけの恋人関係……お互いそう名前をつけてから歪な関係は続いていた。


「そろそろ戻らないと……遅刻するよ、出久」
「うーん……遅刻はやだなぁ」


嫌だと言いながら起き上がる気配はない。なまえは緑谷の前髪をほんの少し上げると額に唇を落とした。わっ、と驚愕したのかなまえが唇を離すと飛び起きた緑谷。してやったりの笑みを浮かべるなまえに、緑谷は唇の感触が残る額を押さえ目を瞑った。


「うううありがとうなまえちゃん……午後も頑張れるよ」
「頑張れ出久」
「まさかの応援つき……っ」


そこで一度会話を途切らせて二人は立ち上がる。どちらからともなく唇同士が数秒触れ合い、指を絡めるとドア付近へ移動した。


「なまえちゃん。僕だけじゃなくて、お互い午後から頑張ろうね」
「……正確には、明日のお昼まで?」
「そう、なるかな」


こんな関係おかしいよね。そろそろやめようよ。本来ならば思わなければならないことなのだろうが、二人は一切おかしいことだと考えていなかった。誰もいない教室で、近すぎる距離で、恋人のようなことをする。おかしいとも思わなければ、自分らがどうしてこんな関係になったのかすらよくわかっていない。ある日突然なまえを空き教室に連れ込んだのは緑谷だが、なまえも拒否することなく受け入れた。


「出久……出る前に、もう一回だけ」
「……うん。僕も言おうと思ってた」


お互いの二酸化炭素すら愛おしい。なまえが息苦しくなると緑谷は察して呼吸をさせてくれる。しかし息が整えばまたすぐに唇を押しつけるのだ。さすがに時間がまずいと思ったなまえは緑谷の肩を強めに押した。


「ほんとに、遅刻だよ……出久……また、明日……っ」
「ご、めん……なまえちゃん。苦しかった?」
「でも、気持ちよかった」
「……そういうこと言っちゃダメだよ。我慢が大変だから」


ドアを開ける瞬間絡んでいた手が離れていく。教室をきちんと閉めて向かい合ったなまえと緑谷は微笑む。


「戻ろっか、轟さん」
「わかってるよ、緑谷」


きっと誰かが指摘しない限り二人は歪さに気づくことなく歳を重ねていく。それが幸せなのかどうか。誰にもわからないし、二人が気づく日が来るのかも不明だ。何事もなかったかのようにクラスメイトの待つ教室へ入り、いつも通り過ごす。


「どこ行ってたの? ギリギリやったね」


麗日の素朴な疑問に二人してちょっとね、と誤魔化した。そして、次の日も繰り返される。



運命に偽りあり



戻る