「あれれれれェなんで優秀なA組が居残りで掃除なんてさせられてるの!? おかしいよねぇ! A組は優秀なはずなのに! 優秀なはずなのに!」
「また出たよ」
「優秀三回も言ったね」


放課後瀬呂と芦戸が帰ろうと教室のドアを開けるとB組の物間が髪をかきあげながらははは! と立っていた。どこから情報を仕入れたのか放課後にも関わらず掃除をしているなまえを見るとそうまくし立てる。蛙吹が物間に近づくと違うのよと説明を始めた。


「なまえちゃん掃除の時間相澤先生に呼び止められていてできなかったの。先生は今日はいいって言ったんだけど」
「私だけやらないのはなんか違う」
「こう言って聞かないのよ」


隅々まで掃除をしてくれるロボがいるのだから、そもそも生徒たちのやる掃除は義務みたいなものだ。見える場所にあるゴミを捨てるだけなので緑谷や飯田、八百万など以外はすぐに終わらせる者がほとんどである。なまえも緑谷たちと同じ部類に入るためこうして掃除をしているわけだ。なまえはこういうところで真面目なのである。


「だからなまえちゃんと帰りたいなら手伝ってあげて」
「僕が? するわけないだろそんなこと!」
「思い切り掃除用具手に取ってるじゃんね」


麗日の言葉に物間がほうきとちりとりを持ちなまえに近づいていく。しっかり葉隠が突っ込み、A組はまたねと帰宅していった。

物間は最近放課後に限らずよくA組に出向いてはなまえと話して去っていく。わかりやすい物間の好意に冷やかす者は……まあ多少はいるが、ほぼ全員が応援していた。なまえも初めこそ鬱陶しそうにしていたが今では嫌な顔どころか遅いと言うようになったのだ。物間の頑張りのおかげである。このままうまくいけば……と思う者も少なくない。皆、物間というよりなまえの幸せを願っているのだ。なんでも一人で抱え込むなまえに寄り添えるものを。最後に教室を出る切島がなまえにまた寮でな! と手を振る。頷きで返したなまえに切島は笑顔で帰って行った。


「なまえ、全く汚れてないけど」
「飯田がいるんだからそりゃあ汚れなんてあるわけないでしょ。これくらいでいっか」
「A組をきれいにしてしまったよ……これはB組の掃除をA組に手伝ってもらわなきゃ割に合わない」
「二回くらい掃いただけのくせに何言ってんの」
「冗談だよ」


掃除用具を元あった場所に戻しなまえは帰る支度を開始する。物間は窓へ背中を預け笑みを浮かべたままなまえを見つめた。


「……そんな見ないでよ」
「どうして。僕はただなまえを見ていたいだけなのに」
「やりづらいわ」
「気にせず続けてよ。迷惑はかけてないしね」
「……勝手にして」


ふいっとそっぽを向き荷物を詰める姿すら愛おしい。物間の恋にきっかけなんてなかった。なまえが気になって仕方がなくなっていたころには既に恋に落ちていたのである。なまえだけは好きにならないだろうなと思っていたが見事好きになってしまった。好きになったきっかけはないものの、恋心に気づいたきっかけとなったのが拳藤の「なまえのこと好きでしょそれ」という一言なのだが未だに誰にも言ってない。言わずともバレてるのだが、物間はバレていないと思っているようだ。


「帰らないなら行くけど」
「早いなぁなまえは」
「……物間が遅いだけだと思う」
「! ……そうかな」


名を呼ばれただけだというのに心臓め……と物間は胸を押さえる。物間といるとやけに大人しいなまえの隣で途切れることなく会話が続く。物間が話題をポンポンと出してくるからだ。実は前日のうちに話題をいくつか考えているのは秘密である。


「当然だよだって僕だもの! ははは!!」
「なんでいきなり自分を褒め始めたの」
「ハッ」


話題を考えるくらいどうってことないのさ。全て心で呟くはずだったが口に出てしまった。訝しげに物間を見たなまえを誤魔化すように目線を上へと向ける。咳払いをして話題を変えれば大して気にした様子もなくなまえはその話題に言葉を返した。


「ねえ」
「なんだい」
「B組の寮あっちだけど」
「……僕としたことが」


話すのが楽しすぎて忘れていた。それじゃあまた明日! と手を上げて自分の寮へ戻ろうとしたが前に進めない。振り返るとなまえに制服の袖を摘まれていた。驚いて声も出せずにいると何を考えているのかわからないなまえと目が合う。


「物間ってさ」
「……?」
「私のこと嫌いなの」
「……はあ?」


別に物間を怒らせようとしているわけではないようだ。ともかくなまえの発言は理解に苦しむ。どこをどうしたらそのような考えに行きつくのだ。


「意味がわからないよ」
「わかんないのはこっち。私のこと気に入らないって目してたのに、いきなりたくさん話しかけてくるし」
「……僕は」
「クラスの奴らも廊下ですれ違うB組の奴らも物間になんか言われた? ってしつこいくらい聞いてくる。なんかって何」
「いやそれは僕が聞きたいかな」


大方告白したのということだろうが放っておいてほしいのが本音だ。それはさておき。


「物間が私のこと嫌いで、何か企んでて毎日のように私の前に現れてるならやめて」
「……あのさぁ、今までの僕の言動でどうして嫌いだって思うんだい」
「物間ならやりかねないからだけど」
「うん。なるほど、なまえの中の僕の印象がよくわかったよ」


物間は袖を摘む手を無理やり掴み顔をグッと近づける。なまえは目を見開き逃げることができずにいた。それをいいことに物間はふっと笑みを浮かべる。


「僕は嫌いな奴に毎日会いに行くほど暇な人間じゃないよ」
「ちょ、っと……」
「そっか。僕の前だと大人しいのは僕の気持ちが気になってたからだ。嫌いで近づいてたわけじゃない。最初の気持ちがどうであれ今はなまえが好きだよ」


どさくさに紛れて好きだと言ってしまった。どうせ恋愛感情としての好きだなんてバレないだろうと高を括っていたが、物間はなまえの頬の色を確認して自分も同じ色に染める。バシッ、と手が振り払われ物間は目を丸くした。


「信じられないから! 言動見直せ!」


ああ、久しぶりになまえが自分に怒鳴った。嬉しがる要素なんてどこにもないはずなのに、こうでなくちゃなと思う自分がいたのだ。

物間が何か言う前になまえが背を向けて寮へ帰っていく。


「また明日!」


二回目の別れの台詞には「知らない!」とだけ返ってきた。知らない、か。来るな……とは言わないんだな、なまえは。


「……ははっ」


なんだこれ、脈アリとしか思えないんだが。寮に戻ったら夜ご飯のときにでも拳藤に聞いてみようと物間は足を弾ませた。なまえに触れたことによって少しの間使用可能となった爆破の"個性"を小さく使う。明日が楽しみだ。物間は気分よく寮へ入っていった。



まほろばの月花よ



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