*「エンドロールに会いたい」のつづき



「なまえちゃんなまえちゃん」
「なーに、波動さん」
「トイレ行こ。私コンシーラー持ってたの。知ってた?」
「トイレでコンシーラーって面白いね」
「全く面白くないのすごく不思議っ。ねえねえ、首についてるよ。キスマーク」


コソッと教えてくれたねじれの言葉になまえは驚くことなく「へえ!」とだけ答えた。それにねじれはぷくーと頬を膨らませて、なまえの腕を引っ張り無理やりトイレに連れ込んだ。


「見えるところにキスマークってすごいねなまえちゃん。私感動しちゃった」
「蚊に刺されちゃったんだね」
「ねえ、もしかしてなまえちゃんって誤魔化すの下手なの? ……天喰くんでしょ?」


なまえが微笑んでいることでねじれは当たりだとコンシーラーを手に取る。動かないでねとなまえの首元に赤くついている痕をなんとか誤魔化した。今更だろうがやらないよりはましだ。


「あまり長い時間ここにいると環が心配するし、教室戻ろっか」
「それはいいけど、なまえちゃんそれ天喰くんに言ったほうがいいよ。見えちゃうところはダメだよって」
「なんで?」
「なんでって、なんで?」


本当に疑問に思った表情で尋ねてくるものだから、ねじれは不思議に思う。トイレから出て廊下を歩きながらねじれはなまえの話すことを聞き逃すまいとじっと見つめた。


「環はね、不安なんだよ。私が環を嫌いになることなんてないのにね。だからその不安から無意識につけちゃうんだ」
「へえ、キスマークを?」
「そう。私も制服で隠れちゃうとこだけど環につけてるよ。同じところにつけたつもりだったんだけど、ちょっとずれててギリギリ見えなかったんだよね」
「私知ってる! 相思相愛!」
「照れるなあ。これ波動さんにしか言ってないから、皆には秘密にして」
「もちろん!」


任せて! ねじれは胸をトンと叩いて笑顔を見せる。


「環がつけてくれるものならね、なんでも嬉しいんだよ。私を求めてくれてるってことだから」


そう言ってなまえは目を細めた。気になっていたことがまだ解決していなかったねじれは胸を叩いた格好のままなまえに質問しようとする。


「ねえなまえちゃん。私思うんだけど、なまえちゃんって」
「なまえ、波動さん」


……天喰くん。ねじれが天喰の名前を呼ぶより先になまえが嬉しそうに手を大きく振った。天喰は焦りながらも小さく手を振り返してなまえを満足気にさせるのだからさすがである。


「どこ行ってたの……しばらく戻らないから具合でも悪くなったかと思った」
「お手洗いだよー天喰くん。ねーなまえちゃん」
「間違ってないね」
「そっか。なんともないなら、よかった」


天喰はなまえの手を取ると、教室への道を歩き出す。まさか天喰から手を繋いでくれるとは思わなかったのだろう、なまえは小さくはにかんだ。ねじれはそんな二人の横に並び特に口を開くこともなく歩を進めた。

目的地へ到着するとなまえが授業始まっちゃう! と二人にまた大きく手を振って席へと戻っていく。天喰はなまえが席についたのを確認すると、くるりとねじれへ体ごと向けた。


「波動さん、なまえにさっき思ったことは言わないでほしい」
「……ダメなの?」
「……うん。ごめん」
「そっかー。わかった、言わない」
「ありがとう……波動さん」


首だけをなまえに数秒向けた天喰はねじれに丁寧にお辞儀をして離れていく。ねじれも自分の席へと座り頬杖をついた。天喰が首を捻ったとき赤い痕が覗いてたなと思い出す。


「ほんと、不思議」


なまえちゃんって天喰くんいなくなったら死んじゃうかもね。

そう言おうとしたのだが、言わずもがな天喰にも言えたことだったみたいだ。なまえは天喰に縋っていることに気づいていないのだろう。だから天喰は気づかせないためにねじれの言葉を遮ったのだ。求めていることに気づいたとき、なまえはきっと天喰を求めることをやめてしまう。天喰はそれが嫌なのか。それともまだ他に理由があるのか。


「……わかんないや」


まあ首にあんな大胆にキスマークをつけられて喜んでいるなまえのことだから、気づいたところで求めるのをやめるとは到底思えないけれど。ねじれはふーっと息を吐いて授業に集中しようと教科書を開く。タイミングよく先生が入ってきたことで授業が開始された。なまえが隠された首の痕を思い目を細めていたことを知る者はいない。



恋路の闇は纏うもの



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