「いよいよ明日ですね出久くん。コンディションはどうですか?」
「ばっちりだよ。付き合ってくれてありがとうね、なまえさん」
「彼氏になってくれるんですかっ」
「そっちの付き合うじゃないよ……!」
「冗談です」


雄英体育祭まであと一日となった今日、出久くんは体を休めて明日に備えるらしく疲れるような練習はしないらしい。筋力トレーニングだけってことかな、よくわからないけど。私運動詳しくないし。しかしそこであれっと疑問を抱いた。疲れるような練習をしないってことは今日は走らないはずだ。初めて日払いのバイトをした次の日から今日までの数日間、出久くんがいつも走る海で待ち合わせをしていた。私が毎日出久くんに会いたいと駄々をこねた結果の待ち合わせだったが、それなら今日出久くんはわざわざここに来る必要はなかったことになる。


「なんか、ごめんなさい出久くん。お家でゆっくりしてもいいですよ」
「ううん毎日一緒に走ってくれたり、そばにいてくれたりしてくれたから。少しだけなら大丈夫だし、話しながら運動できるようなもの持ってきたから……今日は色々話そう。あっ、嫌だった?」
「嬉しすぎます……! お話したいです!」
「よかったぁ」


ほっと息をつく出久くんを拝むとさすがにやめて!? と言われてしまった。お話かあ……出久くん優しい。貴重な時間を私のために使ってくれるなんて……!


「そういえばなまえさんのバイト先周辺でうさぎの着ぐるみがとんでもない高さを飛んだって噂がすごいよ。月から舞い降りたうさぎって有名になってる」
「あー聞きましたそれ。かわいい呼び方なので満足してます!」
「やっぱりなまえさんのことだったかあ……」
「危ないからもう着ぐるみで飛んじゃダメって言われたんですけど、お店の客足は伸びたらしくてそこは感謝されました」
「反省してないね……!」


トレーニングしながら話してくれる出久くんにえへへと笑いかけると、もう……と困ったように眉を八の字にした顔が見られた。出久くんの表情はころころ変わるから見ていて飽きない。


「そうだ、応援。出久くん、体育祭頑張ってくださいね!」


雄英体育祭は会場に入るのは誰でもできるが、種目を見ることのできる席はチケット制で既に販売は終わっていた。立ち見として出久くんは見られるかもしれないが話すことはできないだろう。体育祭が終わった時間帯に行って直接結果を聞くのが一番いいかな? そうしようと一人意気込んでいると出久くんがなまえさん、と私に話しかけた。


「僕頑張るよ。全力でやる。だから、見てて」
「じゃあホテル泊まってそこのテレビでばっちり見ておきます!」
「……そっそうだよね……!」


いきなり照れ始めた出久くんに訳がわからず顎に指を当てる。今何かまずいことを言っただろうか。照れたということは出久くんにとって嫌なことを言ったわけではないのは確かだけれど。


「ご、ごめん……僕、てっきりなまえさんは体育祭直接見に来るものとばかり……恥ずかしいなあ……」
「見に行きます!!」
「えっ!? いや、見に来いって話をしたかったんじゃないよっ気を使わなくても!」
「じゃあ言い方変えます。見に行きたいです」
「あ、あり、がとう?」


かわいいかわいい……! こんなかわいい出久くんを見て見に行かないなんて選択肢は排除する他ないってものだ。話せないなら話せるよう私が行動すればいいだけの話だよね!


「応援しにいきますから、頑張ってください! 優勝したら付き合いましょう!」
「うん! ……うん!?」


わあい言質取りましたとはしゃぐ私に慌てる出久くん。今日出久くんが私の母親について触れることはなかった。







「フランクフルトください!」


屋台のお兄さんに元気よく頼みフランクフルトをもらう。モニターを見れば既に二種目めらしい騎馬戦が始まっていた。

体育祭当日、雄英の入口には警備員らしき人が多くてあっこれ私入れないやつではと思ったが堂々としていたら特に呼び止められることもなかった。身分証見せろとか言われても中学の学生証しか持ってないから、呼び止められたら絶対面倒なことになっていた……よかった。周りの人たちの会話を聞いている限りだと出久くんは一種目めの障害物競走で一位を取ったらしい。すごいなあ出久くん!


「あ……出久くん映った……」


フランクフルトを食べながらモニターに映る出久くんを見つめる。一年ステージと書かれた場所へはお昼を過ぎたら行こうと思う。決して屋台のご飯をたくさん食べたいからではない。


「……前に出久くんと一緒にいた女の子」


ふと騎馬戦で馬になっている出久くんと同じチームの茶髪の女の子に目がいく。仲、いいのかな。……うーん。どうしてだろう、胸の辺りが少しだけもやもやする。大したことはないだろうと馬になっている残りの二人にも注目してもやもやをなくそうと頭を振った。出久くん頑張れ。

結果は出久くんのチームが四位。一時間お昼休憩を挟むとのことだ。さて……屋台! いっぱい食べるぞー! 


06.かんたんな言葉で朝を呼ぶ



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